「ああ、こんな所に居られましたか」 振り向くと、快活に笑う男が立っていた。 真田幸村。 若いが、腕は確か。 部下からの信頼も厚く、甲斐の信玄の後釜と目される。 そして、家康の、敵。 「何の用だ」 それもこんな夜更けに。 「いえ、折角なので晩酌でもと思いまして」 まぁあっけらかんとした言い様に、つい毒気が抜かれる。 ―――この男の元に長居してはいけない。 今の自分には、決して良いとは言い難い存在だ。 殺意という自我を、失いかねない。 「折角?」 問うと彼は猫のようににやりと笑い 「今日はとても良い月夜ですな、三成殿」 視線を空へと上げた。 「良いかどうかは知らぬがな」 つられて見上げると、丸く、蒼褪めた月が光っていた。 「…何故でしょうな」 独り言のように言ったのをつい聞き咎めた。 「どうした」 「いえ、私の周りには月の似合う方が多いものだなと」 移ろい、翳り、幽かな光を放つ月。 それが私には似合いだと言うのか。 嫌味の一つも言ってやろうと睨み付けると、 「まぁ続きは盃をかわしながらお話しいたしましょう」 す、と眩しげに目を細めて笑っていた。 やはり長居は出来ぬ。 ただ生きるのも悪くはないかと、そう勘違いしかねない。 それは私の本分ではないのだ。 「気遣いは無用だ」 遠回しに断る。 直接の断りを入れられなかったのはどこか迷いがあったからだろう。 礼を失するのは、やはり気が進まぬ。 「いえいえ、わざわざ我が上田城まで赴いて頂いたのですから、酒の一つも振る舞わねば真田の名折れ」 大仰に首を振り、 「それに、友と酒を酌み交わすのも、偶には良い物でございましょう」 「………そうか、ならば好きにしろ」 身近に似たような振る舞いをする人間が居なかったので、対処しづらい。 しかし、それが気に食わぬかと言われればそうとも言い切れぬ。 どうにも、わからない男だ。 溜息を吐いて、背後の月を見上げた。 白い。 しかし、太陽の如く人の目を焼くような苛烈さは見あたらない。 毒にも薬にもならぬ存在だと言いたいのか。 それとも、 「久々に、酒で臓腑を焼くのも悪くはないな」 知らず、口角が上がる。

月見酒

そして盃の中の月は静かに水面をたゆたう。 口を噤み、目を閉じて、孤独な夜空を冷たく愛す。
盟友、というワンフレーズにどれだけ私が釣り上げられたか、お分かりだろうか。 2010/08/23