日常が限界

呼び止めるつもりだった。 「すみません」と一言そう言えば良い。 だが、何となく声かけそびれ、仕方なく手を伸ばしてみた。 そうして僕は彼の肩に手を掛けようかと暫し逡巡する。 別段何の意図もなく、強いて言えば呼び止める為の行動でしかない。 だが、彼に不用意に触れて「神」の機嫌を損ねよう物なら、それこそ酷い目に遭う。 どうして、こんなにも要らぬ気遣いをしなければならないのかと思い悩む。 理不尽という暴力は、未だに僕を全力で叩き潰そうとしている。 まぁ、或意味で了解尽くの理不尽なのだが。 「さっきからなんだ。呼び止めるのか放っておくのかはっきりしろ」 振り向いた彼は、中途半端なところで止まっているこちらの手を見咎めた。 恐らく、こちらの考えの半分ぐらいは読まれただろう。 「大体な、お前の気の使い方は間違っとるんだ」 彼はいつも通り溜息と一緒に言葉を放り投げる。 「そうでしょうか」 「自覚がないとしたら相当だぞ古泉」 おまけに賢いんだか馬鹿なんだか解らない、と言われてしまった。 賢くもないだろうが、馬鹿でもない。 ただ、極度に臆病なだけなんだと言ったら、彼はなんと応えてくれるだろうか。 「お前がもたもたしてる内に、ハルヒの奴、かなり遠くに行ったんじゃないのか?」 そうだ。 部屋を出ようとする面々を確認して、それで彼に声を掛けておこうと思ったのだ。 「…待っててくれたんですか」 「待ってたも何も、お前が待たせたんだろうが」 それで、何の用事だ。 と割と真面目な顔で問い直される。 ああ、特に重大な用事という訳でもなかったのに。 「いえ、大した事ではないので後にしましょう」 こちらがそう言うと、怪訝そうな顔で 「お前、疲れてるのか?」 と返す。 強いて言うならば、現状を何となく生きていることに疲れたのだが、そんなことを言ってもどうしようも無い。 寧ろ、彼を混乱させない為には今まで通り明るく振る舞うべきだろう。 「心配して下さるなんて光栄ですね」 心底嫌そうな顔をしつつ、それでもどこかこちらを窺うような目つきである。 これは少しぐらい自惚れても良いのだろうかと思いながら、いつもの笑みを作った。

「古泉がすごく病んでるフィルター」を実装済み。 あの子は本当に闇が深そうだなぁ、とか。 2010/01/13