Isolated dream

砂時計を返す。 永遠に返し続ける。 馬鹿みたいだ。 そう思って、それを床に叩き付けた。 割れる。 白い砂が床一面に広がる。硝子の破片と共に、それは俺を嘲笑うかのように見えた。 「愚か者で、結構」 自分の唇をなぞる。 トランプタワーに火を放つ。 チケットは、持っていない。 多分、俺には―――俺にだけは与えられない。 それを分かっているから、俺は思う存分宜しくないことをしようと思ったのだ。 そう、自分だけ除け者にされている不釣り合いを、そこで解消してやろうと思って。 ―――ああ、馬鹿馬鹿しい。 / ほら、よく居るじゃない。 ―――子供って残酷だよ。 平然と除け者とか作るでしょ?あれだよ、あれ。 例えば友達を呼んでお誕生日パーティとかするじゃない。 その時に絶対呼ばれない子って居るだろ。 そう、それそれ。 君だって一度や二度ぐらいそういう経験無い? まぁ聞きなよ。 その「除け者」さんはいつもいつもいつもいつもいつもいつだって除け者なんだ。誰も、呼ばないから。 それで、いつの間にか呼ばれないことが当然なんだと思っちゃうんだよ。そこで、取り得る行動が大きく二種類有る。 一つは簡単、除け者にされることを受け入れる。 というか、諦める。別にその集団に属する必要性を感じない、と、自分に言い訳する。 一匹狼のように振る舞って、外からパーティを眺めてるんだ。 本音では、集団との関係が修復できるならそれに越したことは無いと思ってるんだけど。 ただそれを認めると自分の存在を揺るがしかねないから、絶対に認めようとはしない。 もう一つは、そう、はっきり言うと厄介者だ。 無理矢理自分の席を作るんだよ、パーティ会場にね。 集団に無くてはならない存在になるまで、徹底的に自分の居場所を作る。 内部の対立も、外部との折衝も、その他諸々の要因を利用し尽くして、招待状を手に入れるんだ。 最早それが純粋な好意や共感に伴う関係性でなかったとしても構わない。 だってさ、どうせ自分を拒絶したような集団だよ?  まともな関係なんて最初から望んでないんだ。 耳が痛い? そうだろうね。 だって君には反省するところがあるんだろうから。 で、今までの話について君はどう思う? ―――オリハライザヤ君。

Idoll talks/Midnight

安いものだな、とテレビを見ながら思う。 歌い、踊り、微笑み、マスメディアを通じて幻像を描き出す。 電波に乗らない部分は、必要ないと省かれたか、或いは、『有ってはならない』部分だと省かれたか。 何れにせよ、都合良く成型された大量生産の神様。 商業主義とはそういう物だ。 それを悪い、とは言わない。 物事にはっきりと善悪を付けたがるのは傲慢だ。 どんな事象も、人間という活動体の一側面に過ぎない。 ならそれら全てを受け入れてやることが、人間への愛だと思うのだ。 ただ、愛と好みは微妙に違う。 漠然とした愛とは別に、厳然たる方向性としての好みというのはやはり存在する。 「沢山居過ぎると、誰が誰だか解らないよねェ」 それを識別できることがさほど大事なことだとは思わない。知的好奇心を刺激されない物に関してはとことん、どうでも良い。 たとえ懇切丁寧に教え込まれたとしても、その三分後にはすっきりと忘れている。 人間とはそういう風に出来ている。 アイドル、とは詰まる所都合の良い偶像であり、崇拝すべき狂気だ。 数多の人間を引摺り回し、人生を狂わせ、その惨禍の中心で求められるままに笑顔を振り撒く。 それが彼らという生き方であり、生かされ方である。 愛されるために、生きている。 彼らは都合の悪い側面からは全て目を逸らす。 望む通りの理想型。 それでこそ崇拝に値するのだ。 自分の為だけに微笑むのだと全ての人間に錯覚させ得るだけの魅力と欺瞞。 その実誰一人として確固たる形を持ち得ない総体であったとしても。 弱味は見せない。 人間味など求められてはいないのだ。 完璧で、人形の様な、偶像。 傷口を剔り出し、人間の薄気味の悪い様々な要素を省き、ああそして完璧なプラスティックの表層。 愛とはある種狂気であり、凶器である。 二十三年生きても、俺はそう思った。 偶像崇拝と所謂愛との間にどれ程の差があるというのだろう。 どちらも揺るぎなく「異常」の領域の話ではないか。 ―――そうして、未だに俺は偶像であろうとしている。 / 君に似合いだ、と言って男が渡したのは、極めて豪奢な―――それはそれは悪趣味なほど高級な真っ黒の毛皮のコートだった。 そうですか? と彼が商売用の微笑みを浮かべると、男は満足そうに笑った。 彼とて衣服を贈られることの意味ぐらい知っている。 何せ愛すべき人間のことだ、知らない筈もない。 袖を通し、柔らかい表面の毛並みをなぞる。 濡れたように艶やかでありながら重くはない。 長い毛足は保温性に優れているのだろう。指を少し沈ませてみた。 「あたたかい」 彼がそう言うと男は眼を細め、やはり見立てたとおりだ、と呟いた。 ―――俺はこのコートと同じような分類なんだ。 彼は思った。 命を剥がし、美しく毛並みを整え、贅沢の代名詞として扱われる為に加工されたものと、同じ――― 手の甲を滑らせると柔らかく沈むような感触。 仮に人々が眉を顰めるような奢侈だったとしても、この手触りに罪はない筈だ。 彼は目を閉じて頬擦りする。 思った通りの肌触りに少しばかりの幸福感を得て。 彼が日頃取り扱うのは温度も形もはっきりしない情報なんて代物だから、時折どうしても、手に触れられる物を要求してしまう。 それは心がそうしろと言っているのか、単に触覚を退化させないための脳の指令なのか彼には分からない。 どちらだろうが結果は同じ事だと深く考えようとはしないからだ。 彼が礼を言うと、男は相変わらずいやらしい笑い方をしながら、彼が名乗っているいくつかの名前の内の一つを呼んだ。 音にしても違和感なく彼の耳に馴染む。 ―――そういえば、この名前を使っていたんだった。 声に出さずにその名前を復唱した。 「着て帰っても、良い?」 彼は男の無言の微笑を肯定と受け止めて、帰り際に男のこめかみに軽くキスをして部屋を出た。 ―――全く、馬鹿げた事に。 / 真冬の空気は冷たくて気持ちが良い。 息を吐くと真っ白に曇った。 室内は頭がぼんやりするほど温められていたから、丁度良い。 軽く羽織ったコートは全く寒さを感じさせないほど暖かく身体を包む。 命を剥いだ温もりの何と優しいことか。 「似合う―――ねぇ…」 人は見たい物しか見ないから、彼にはそういう風に映るのかも知れない。 彼が呼ぶ名前を、口に出して確かめる。 その名前は間違いなく自分のものであり、だが確実に切り離された自己の識別記号である。 不安定な境界。 しかしそんな曖昧な感覚を愛しこそすれ憎んだことはない。 面白くないよりは余程良い。 自分でない、と思えば恐ろしいほど何でもできる。 ネットアイドルにだって、塾講師にだって、自殺志願者にだって―――何にだってなれる。 仮面。若しくはペルソナ。 俺の場合はとくに分かり易く、付ける面に名前という識別記号を打ってある。 一枚一枚、間違えないように。 それを身につけている間、俺は寸分違わずその人間になりきっている。 面の通りに物を考え、振る舞うのだ。 その間、俺は起きているし考えもしている。 しかし出てこない。面を外すまでは「別の人間」だから。 とはいえ、生粋の役者のように完全に他人になれるわけではない。 あくまでも、仕事のために創り出した架空の人格を取り違えないための面。 長く使えば多少の愛着も湧くだろうが、所詮実体のない幽霊のような物なのだ。 しかし、自分を切り分けて作ったものだから、どこか漠然と折原臨也という領域を踏んでいる幽霊。 アイデンティティがどうとかそう言った事を気にするようなナイーヴな時期はもう通り過ぎてしまったので、今はあるがままを受け止めるだけだ。 自分のやっていることが、自分の同一性を揺るがすような大問題だったとしても、事実そうしなければ生きていけないのだから仕方がない。 鼻の奥にひやりとした夜のにおいを感じた。

ものすごく関連性がなさげな文章の切れ端ばっかりですが、 一つの軸に基づいて妄想した結果なので同じ頁に纏めています。 こんな空気の話を本にしたいなとか思ってた頃の幻想だとも言う。笑 2010/09/15