case A.

躱す、躱す。 体を捻り、手摺りを蹴る。 決して体格の良い方ではないが、運動神経が悪い訳でもない。 寧ろ、体格的に恵まれなかった事を念頭に自分の体を扱う分、屈強な猛者などより反って強いと言っても良い。 武術とは、元来武器や強靱な肉体を持たぬ弱者が身を守るために考え出された。 体格が物を言うのは、基本的に体の使い方を分かっている者同士が戦う場合である。 相手がただの素人なら、折原臨也は十中八九、負けない。 リーチの最大限まで振り上げた踵を、体の落下する加速度とともに叩き込む。 革製の靴が鈍い音を立てて頭蓋に打ち付けられた。 蹌踉めいた男の肩を反対側の脚で蹴り飛ばし、反動を利用して距離を開ける。 着地の瞬間の僅かな隙を最小限に抑える為に。 ざっ、と音を立てて着地。 直ぐに身体を沈め、もう一歩距離を空けるように飛び退る。 相手の位置に変わりがないのを確認する。 軸足を残して滑らせるように右足を後方に。 重心を極端に下げ、地面に両手を軽く付ける。 視界の端に常に留めている相手は、頭を押さえつつも振り向く。 ―――頑丈だ。 臨也は奥歯を噛み締めた。 靴に触れたコンクリート片を簡易スターターに。 一瞬で体勢を整え、飛び出す。 勢いが削がれる前に、右腕を構えて膝裏に割り込ませる。 何事か喚いている。 しかし、一切その内容を処理することなく淡々と頭の中に描いた通りに体を動かす。 CPUの演算能力は殆ど総て体を動かすことに費やされてしまっている。 余計な事は何一つとして「できない」のだ。 ナイフが何本か筋を断ち切る感触。 当然だ。 普通の人間は、体重を掛けて差し込まれた刃を「弾く」ことなど出来ない。 縦から横に捻り、腕を引く。 バランスを崩して倒れる上体。 それを冷静に(無心に)待って、体を180度回転、肘を眉間に押し込んで完全に「落と」す。 どさりと体の落ちる音。 指先一つ動く気配の無いのを確認して、何事もなかったかのように臨也はフードを被り直した。 「これが、正しい」 ―――それなのに、あの男と来たら、物理法則を完全に無視しやがって。 小さく舌打ちして臨也は立ち去った。

case B.

逃げながら後ろを三叉路の鏡で確認する。 鬼のような形相で、この世の終わりが追いかけてくる。 (冗談じゃないよほんと…) どちらかと言えば、追われるより追う方が好きだ。 追われている、と言うことは十中八九逃げ切らなくてはならないと言うことだ。 どうにも、「愛」の重さのおかしな人間が多いのか、追われている時はろくな事がない。 追ってるとき? ああ、追い詰めて相対する瞬間が一番の幸せだと思うよ。 がん、と変な音が背後から聞こえる。 普通の人間ならば異変を感じて振り返るだろう。 しかし、残念ながら俺は最早普通ではないので 「逃げんじゃねぇよ、臨也ァァァァァ!」 槍投げ程度のスピードで飛んでくる標識を躱すために右足をブレーキにして左折する。 自分が元居たところを擦り抜けていく標識に、毎度の事ながらやはり気味が悪くなる。 曲がり角の先で体を完全に反転させ、待つ。 さぁこい。 「はぁい、いらっしゃい。今日は時間があるから遊んであげるよ、シぃズちゃん?」 だから今日こそは迅速に死んでくれ。 相手の出方が分かるまで、下手なことはしない。 一番大事なのは待つことだ。 焦らして、焦らして、焦らして、相手が最初の一手をかけてくるまでは決して何もしない。 そして今までの成績から言ってあいつに[待て]はできない。 「てめぇ、ぶっ殺す。今日こそは、確実に、息の根止めてやる!」 ―――飽きてきた。 息の根を止めるのでも止めてくれるのでもどちらでもいいから、さっさと決着をつけろよ。 僅かに体が沈んだのを見て取る。 これは、来る。 武器の確認は怠らない。 常に使用可能でなければそれは武器ではない。 しかし、こいつ相手では武器が一切武器になり得ない。 そして、もうそろそろ「本気に」ならないとこちらが大怪我をする。 浅く息を吐いて、弾丸のように飛び出してきたのを視認。 同時にその直線上に突っ込むように飛び出す。 驚いたように目を丸くし、瞬時に軌道を変えた男を、哀れみを込めた目で追う。 そうだ。 のこり一厘で人間に踏み留まろうと藻掻くこの男が 俺は 大嫌いだ――― / 何度も、拳を交えている。 という表現が適切かどうかはさておき、命がけで「戦争」していることは確かである。 臨也は手摺りに掴まり、勢いよく両足を振り上げた。 真下を通過する空き瓶入りのビールケース。 「ちっ、いい加減当たりやがれ」 乱暴な理屈もあった物である。 逆上がりの要領で階段に着地し、一本目のナイフを投げる。 狙うのは左目。 それ以外は一切当てても一切何のダメージにもならない。 当然、彼自身当たらないこともそれとなく分かっていながらお約束のように投げている。 右手でナイフを「弾いた」男は、憎悪と言うには余りにも痛ましい視線を向ける。 人が見れば、こう言ったかもしれない。 未練がましい目だ、と。 無意識の舌打ちなどを除けば、真剣に相手を殺そうとしているときの折原臨也は極端に無口だ。 日頃の饒舌な彼を知る者からすればいっそ気味の悪い程。 余裕のあるときは、それこそよく喋る。 ナイフを翳しながら、体を捻りながら、アッパーを喰らわせながら、兎に角喋る。 心底楽しんでいるかのように、喋り倒すのだ。 特に静雄を相手にするときは意味の有る無しに拘わらず常に喋っている。 しかし、本気になればなるほど、口数が減る。 皮膚を裂く程度の刃ではなく、心臓を突く為の刃は、人形のような瞳にしか映らない。 見えない糸で吊られているのかと思われるほど、人間らしくない動き方をする。 まるで機械だ。 しかし、機械なんかより遙かに柔軟で、敏捷だ。 平和島静雄はそんな目の前の男の方が余程化け物じみていると思いながら、常に悩んでいる。 殺すのは簡単だ。 百歩譲って殺せなかったとしても、暫く再起不能にするぐらいのことは可能だ。 そう分かっているのにいつも手を止めてしまう自分が、分からない。 が、と音を立てて踵が静雄の顎を撲つ。 骨が折れてもおかしくない勢いで蹴り込まれたにも拘わらず、僅かに口の内側を切っただけに留めた。 ぐらぐらと揺れる視界。 その中で痛みと闘いながら静雄は自らを撲った脚を掴む。 不意に見開かれた瞳は それでも 冷たいままだ。 そして何を思ったかもう片方の脚も蹴り上げてきた。 勢いもないのだから、絶対止められる。 そう確信して腕を出した所でいきなり肩に踵を叩き付けられた。 「!?」 見当が外れて一瞬動揺する。 その僅かな隙に脚を捻り拘束を外す。 地面に両手を着き、自由になった脚で両肩を蹴って体を離す。 着地したと同時にもう一跳躍分の距離をあける。 「てめぇ…一体どうなってやがる」 臨也は、黙って口の中の血を吐き出した。 何発か当てたような気がするから、多分切っている。 「五回は死んでるよ。いや、少なくともお互いに三回以上は再起不能になってるはずだ」 まともな人間なら。 付け足して、臨也は冷たい一瞥をくれる。 「―――飽きちゃった。もういいや」 殺気を一瞬で吹き飛ばして、臨也は悠々と歩き去った。 静雄はそれを止める等と言うことを一切思い付かないまま、呆然と立ち尽くしていただけだった。

アクションが書いてみたくて 秋。 臨也は必勝セオリーみたいなのを持ってて、それを幾つ試しても壊れない静雄が正直気持悪い、とかそういう。 血を吐き捨てる動作がとても好きです。大好きです。 臨也さんには是非ともやって頂きたくて以下略 なのでタイトルにあまり意味はありません。 2010/12/14