※帰国子女設定。でもあんまり意味がない気がしてきた。(某さんに捧ぐ)

[雑談1]

「凄く面白いジョークがあるんだけどね」 珈琲を片手にソファーに身体を沈める。 隣に座っていた静雄からは、少し距離を開けて。 「あ?」 まぁ、食いつきはそこそこかなぁ。 ということは、今日はそこそこ機嫌がいいのか。 ちらりと横顔を確認すると、いつもと余り大差のない表情である。 「共産主義の時代の東欧諸国ではね。規定集合時間がそれはまぁ恐ろしい存在だったんだ」 兎に角持ちネタを喋ってしまおうと、彼が聞きたいかどうかは無視して続ける。 「いきなりなんでそんな昔の話になるんだよ」 ………。 いや、まぁジョークって大抵そんな物じゃないかな。 「まぁいいから最後まで聞きなよ。それがね、例えば集合時間が12時丁度だったとするだろう」 その疑問の答えになり得る回答を持ち合わせていなかったので、取り敢えず続けた。 「…おう」 なんだ。 存外大人しいな。 まぁ、根が素直なのは知ってたけど…。 「もし12時5分に着いたらどうなると思う?」 話をこんな風に振られると思っていなかったのか、一瞬狼狽えた。 が、すぐに何かを考え込むように首を捻り、 「…遅刻で罰則があんのか」 と予定通りの回答をくれた。 「大正解。労働をサボるなんて以ての外ってね。じゃあ絶対遅刻できないよね。シズちゃんだったらどうする?」 そしてこれも実は誘導付きの訊き方である。 素直な人間を相手にすると、本当に簡単に話が進むから楽で良い。 「…じゃあちょっと早めに行くとか」 はいビンゴ。 「どっこい。五分前なんかに行こうものならスパイ嫌疑を掛けられてしょっ引かれちゃう」 すると、彼は律儀に頭を悩ませ、 「あぁ?だったら丁度を狙って行くしかねぇだろうが」 と極めて苛立たしげに言った。 …ここまで素直に誘導に掛かってくれるともう何だか逆に申し訳なく思えてきた。 「丁度に着いたら捕まっちゃうよ?」 さぁ、期待のオチまであと一歩ですよーシズちゃん。 「何でだよ、遅刻もしてないし早くもない…ていうか抑もその時間を指定したのは相手なんだろ?」 とても良い反応だ。 君には潜在的にサクラの素質が有るんじゃ無かろうか。 「『時刻に狂いのない時計を持っていると言うことは、西側の製品を持ってるって事だ!』ってね」 さあどうだ! 「理不尽すぎるだろ!」 よし、期待通り。 これならばジョークを考えた人も浮かばれるだろう。 「っていうのがソヴィエト時代の東欧を表現したジョーク。俺が居た時は流石にそんなことは無かったけどさ」 うっかりこんな話をしたから、少し昔が懐かしく思える。 懐かしい…とは言え、別に向こうに帰りたいとかそんな風に思ったことは無い。 向こうは向こう、日本は日本。 大都会が好きな俺にとっては、日本はとても居心地が良いのだ。 ―――第一、向こうに良い思い出ばかりかと言われれば決してそうでも無い。 「俺が居た…って、お前、そんなところに居たのか?」 凄く驚いた、と目が語る。 …予想外の反応だ。 「あれ、言ってなかったっけ?俺ガキの時外国にいたんだよ」 大体周りはみんな知っている物だと思っていたから、尚のこと。 「…いや、一言も聞いてない」 嫌に真剣な口調である。 「そうだっけ。てっきり新羅辺りから聞いた物だと思ってたよ」 ああ、そうだ。 新羅に言ったからみんな知ってる物だと思ったのか。 というか、あれは新羅が聞いてきたから言ったんだったか…。 「なんでお前のことを新羅から聞かなきゃならねぇんだよ」 …正論だ。 「はは、それもそうか」 まぁ君が俺の事に興味があるとは到底思えないから当然と言えば当然――― 「知りたけりゃ直接聞くだろ」 …。 「………なるほど」 そう言えば、シズちゃんはそういう男だった。 「というか、お前海外に居たって事はあれか、帰国子女って奴か」 確かに言われてみればそうだ。 余り実感は湧かないが、そう言うことになる。 「うん、そうだね。お陰様で語学で困ったことは無い…と言いたい所だけど、行ってた所が所だから、所謂英語圏からの帰国子女のようなアドヴァンテージは無かったよ」 そこなのだ。 日本人学校も無い国。 インターナショナル・スクールだって遠くてとても通えないような所にしか無かった。 その為、英語がずば抜けて出来る、という帰国子女のステータスが殆ど無いに等しい。 「…何だそれ」 英語はそりゃ使う機会も有ったし、英語しか通じない人も居たが、ごく少数である。 「ほら、授業なんかで英文の読みを当てられた時に妙にさらさらと読む子とかいただろう」 しかし一般的な帰国子女のイメージとはそう言う物である。 英語圏以外の国からの帰国子女はやはり圧倒的に少ない。 「ああ、そういう事か。…いや、お前も大概得意だったじゃねぇか」 一般的な高校生よりは確かに語学に関しては自信が有ったが、あくまで相対的な物である。 それに、どちらかと言えば英語より現地語の方が得意だった。 「そりゃまともな本が英語か現地語かロシア語しか無い環境に育てば誰でもそうなるよ。まぁ抑も語学に向いてたのかも知れないけどね」 そう、そんな訳で実はロシア語も得意である。 ほんと、役に立つ機会なんてそうそう無い物だが。 「…そうかよ」 と、何だか微妙に不愉快そうな顔をする。 何だ。 今の話のどこにシズちゃんが怒るような所が…あ! 「あー、そう言えばシズちゃん英語で欠点すれすれ取ったこと有るんだったっけ?」 高校二年の時に補習に引っ掛かっていた気がする。 教師は教師でがくがくしながら、シズちゃんはシズちゃんで苛々しながら、とんでもない補習だったと他の生徒から聞いた。 「あれはテスト前日まで誰かさんが喧嘩を吹っ掛けてきたからだろうが!」 おお、怖い怖い。 「そうだっけ?でも俺、毎日のようにシズちゃんと喧嘩してたけど赤点…ていうか八割以下なんて取ったこと無いよ」 残念ながらいつも満点、という訳には行かなかったが、あれだけ勉強しなくて満点というのも世の中間違っている気がするので構わない。 新羅なんかがその類だった気がしないでもないが、彼の場合趣味と勉学とが上手く一致した結果なので決して不思議ではない。 「…ぶっ殺す」 その点普通の頭の構造をしていたシズちゃんはテスト、と聞くと頭が痛くなるタイプだったようだ。 まぁ、脳味噌まで筋肉で出来てそうな男だ。 頭脳には期待していない。 「あはは、ごめんごめん。でも良いじゃない。学科でどんな成績を取ろうがその先の人生にどれだけ関係有った?」 ただこれ以上怒らせるのも危険なので取り敢えず話題を変えようと試みる。 「………特には、ねぇけど」 俺もシズちゃんも大学という高等教育機関に行くことのない人生を選択した。 特に彼は成績など必要のない仕事を選んでいる訳で。 「ね、そんなもんだよ。大事なのは点数じゃなくて、何を知って、何に興味を持って、何を得意とするか―――で、それを如何に自分で把握するかだよ」 自分の事を、知っている者が一番強い。 何でも出来る人間はいないのだから、向き不向きから何から、全てを把握した者が生き残っていくのだ。 詰まるところ、情報量の差だと思う。 「うぜぇ…」 確かに、この手の言説は至る所で聞かれる代物だろう。 「でも、正論なんて大体そんなもんだよ。お綺麗事ばっかり言っちゃってさ。そんな訳無いじゃん、って言いたくなる」 あー、何か色々思い出しちゃったな。 「臨也」 思っていたのと違う方に会話が流れていく。 というか、自分の口が思いもよらぬ方向に言葉を紡いでいく。 俺、そんなに不満溜めてた覚えは無いんだけどな…。 「抑も、人間って点数で評価出来るような簡単な生き物じゃないだろ。良かれ悪しかれそれは個性だと思って全部受け止めてやらなきゃ」 大体俺は――― 「いーざーや」 だから――― 「それに実際問題点数にならない部分が人間の人間たる所以なんだから」 どうしても――― 「うるせぇ。ちょっと黙れ」 ぐい、と口の中に指を押し込まれた。 舌が押さえつけられて気持ちが悪い。 …相変わらずやり方が乱暴なんだよ、シズちゃん。 「興味のねぇ事ぐだぐだ言われたって困るんだよ」 言葉の割には覇気のない口調だ。 「俺が聞きたいのは、そんな事じゃねぇんだよ」 じゃあ何だ、と聞きたいが舌が押さえられているので何も言えない。 いつまで口の中に指を突っ込まれていれば良いんだろうとげんなりした。 いい加減嘔吐きそうだ…。 「…どこに、住んでたんだ?」 ややあって、躊躇いがちにシズちゃんは言った。 …全く…君って何て馬鹿な奴なんだ。 だが、仕方がないからこの指を抜いてくれたら話してやろう。 俺が昔何処にいて、何をしていたか。 君の知らないことを、少しだけ教えてあげる。 そう。 ほんの少しだけ、だが。

オチが迷子になりました先生。 2010/03/27