歌詞のない曲しか聞かない。
誰かの退屈な自己主張なんて、聞きたくないじゃない?

聞きたいのは最愛にして至上の、
『自分』の声だけだもの。

symbolize/short wave

「どうしたの?ご機嫌だね」 背後から回された腕は、確認するまでもなくあれの物である。 白い上着、色白の手、そのくせ毒々しい蛍光ピンクのマニキュアを塗っている。 「俺はいつだってご機嫌だよ、君と違って」 自分と同じ存在だと、見れば分かる。 然し又、細部の作りが意図的に変えられていることも、見れば分かった。 皮膚とおぼしき表面の材質が微妙に異なる。 虹彩の色も違う。 好みも性格も半分以上一致しない。 でも、圧倒的に 自分なのだ。 気味の悪い存在だった。 「ねぇ、臨也。眉間に皺が寄ってるよ」 細長い指が触れる。 他人の物だと思うと途端に美しく、気持ち悪く見えるのだから、面白い。 「君が邪魔をしなければすぐに取れるだろうね」 腕を振り払おうとすると、 「そう連れないこと言わないでよ、ね?」 軽く啄むように、キスをする。 自分そっくりな顔で、全く同じ声で、 「好きだよ臨也」 ―――滑稽にも程が有るじゃないか? 自分を嫌いだと思ったことはあれど、好きだなどと思ったことは無い。 剰え恋愛対象として好きだと思ったことなど今まで、絶対に、少しもない。 ナルシシズムを理解できないわけではないが、自分を可愛がる事と、自分に恋をすることは全く別次元の問題だ。 鏡の中の自分を見つめているような気持ち。 鏡の中で勝手な事をされても俺には止める術もない。 あいつの指先の蛍光色が、全てを象徴している気がした。 『外へ出るな』という指示に基本的には従っている筈だ。 俺と同じ顔で、あんな気違い配色の服のまま外に出られたら堪った物ではない。 「外には興味なんて無いよ」 つまらなさそうに窓の外を見ながら言う。 「おや、そう。あんなに沢山の愛すべき人間が蠢いているのに」 目の前のモニターから視線を外さずに。 「愛すべきと愛しているには大きな隔たりがあるよ、臨也。結局どうでも良いんでしょ、あいつらなんて」 俺の声でそう言うことを言うな。 「俺は人という現象を愛している。予定調和と感情論と番狂わせに満ちた人間という塊をね」 全く関係のないことをタイピングしながら喋るのは結構面倒くさい。 たまに間違ったキーを押しそうになる。 「だから、人間という種が滅びない程度に減ろうが死のうが関係無い」 送信ボタンを押した。 「ああそうだね。だって、それは俺がどうこうできる問題じゃないだろう?」 ブラウザを閉じて、スタンバイに。 紅茶でも飲もう。 何だか視神経を使いすぎた気がする。 「どうこうできようができまいが、関係無い。俺には折原臨也が居ればそれでいいからさ」 ヘッドホンのコードが揺れた。 「そうか。じゃあ手鏡でも持ち歩けば幸せに生きられるんじゃないの?」 席を立ってポットの中身を確認する。 水を足して…冷蔵庫から茶葉を出して… 「分かってる癖に」 隣で笑った男の顔はやはり自分と同じで、全くの別物なのだと思った。 / 「マスター、お茶が入りました」 デスクに置かれたのは湯気の立つ日本茶だ。 律儀なことに、茶柱まで立ててある。 「そう、ありがとう。君は良い子だねェ、どっかの誰かとは大違いだ」 傷みを感じさせない金髪。 細身の長身に、不自然なぐらい馴染む和装。 『津軽』という型名らしい。 最も、俺にとっては見慣れすぎた平和島何とやらに見えて仕方がないのだが。 「………美味しいですか?」 お盆を持ったままそわそわとしている。 「美味しい、よ」 そう言ってやると、ほっとしたように胸をなで下ろした。 要するに、人工知能の一種だよ。 そう簡単に説明された。 因みに数値がどうのとか細かい理論がどうのとか、そう言った内容は聞いたその日に忘れた。 『コード2400、開発名は津軽です』 名乗れと言ったらそんな返事が返ってきた。 『兎に角どんな形でも良いから人工知能に刺激を与えてくれる?君そういうの好きでしょ』 と半ば押し売りのような形で実験に関わる羽目になったのである。 『見た目が嫌だ。ていうかこれわざとだろ』 睨んでやると、 『いやー、見た目に関する相談を受けたときに偶々思い浮かんだのが静雄君だけだったんだよね』 と悪びれもせずに言ってのけた。 人付き合いが狭い奴だな―――人のことは言えないけれど。 『じゃあシズちゃんに責任取って貰いなよ』 あの時の新羅の顔は二度と忘れない。 『いや、それはないだろ』 プレーンに、真剣に、人を馬鹿にした顔をしやがった。 「あの、隣に座っても良いですか?」 ソファに沈んで雑誌を捲っていたら、急に声を掛けられた。 『空気を読む』機能の実装のための実験だとか何だとかそんな話だった気がする。 一体どんな空気を読んだらそうなるのだか分からないが、なにぶんテスト段階だ。 少々の誤作動には目を瞑ってやろう。 「良いよ、おいで」 コーヒーテーブルにコップに入ったお茶が置かれる。 今回はどうやら冷たいお茶を持ってきたらしい。 いつの間に入れていたのやら。 「冷たい物しか口に入れてはいけないので」 そう言って、コップに口を付けた。 …確かに気にはなった。 気にはなったのだが、訊いていない。 予想外に空気を読んできたな、こいつ…。 「飲めるんだね」 一応返事をしておくと、 「その方が自然だろうという事になったので…。何を飲んでいるのかは分かりますが、味というものは恐らく分かっていません」 ご丁寧に解説して頂けた。 あれだ。 シズちゃんなんかより余程きちんと会話が成立する。 「俺は君と会話したそうに見えた?」 逆に尋ねてみた。 するとややあって、 「確かに退屈そうでしたが、その…」 珍しく歯切れの悪い回答を寄越した。 01しかない信号でよくもまぁそこまで人間みたいな返事が出来る物だ。 内心少しばかり感心していると、 「少しでもよく知っておきたいので」 省かれた主語は、人間が補うなら「あなたのことを」だろう。 因みに俺は「人間という物の反応を」だろうと踏んだ。 殊勝な心がけだ。 「君も人間が好きなんだね」 自分より図体のでかい相手の頭を撫でてやった。 こいつの中で、今正に「これは正しいことだ」と刷り込まれている事だろう。 人間に愛される為の人工知能だ。 進化の方向としては決して間違ってはいない。 「マスター」 「なぁに?」 「…『恋』とは中々上手く行かないものですね」 人間のように溜息を吐いて見せた。 また誤動作か。 「急だね…まぁいいや。そう簡単に成就しては面白くないだろう?」 飾り物の眼球に映った自分と目が合う。 「…そうですね。努力してみます」 瞼が落ちる。 肩にずしりとした―――しかし思ったよりは幾らか軽い、重み。 ああ、もう起動限界時間か。 処理が終わるまで、このままにしておいてやろう。 こちらの時間は、それこそ幾らでもあるのだから。

いつか書きたいと思っていた、サイケと津軽。 しかし さいつが でも つがさい でもなく サイ臨と津軽+臨也というあたりが 私。 因みにどうでも良いことですがサイケは「サイケ」ではなく「イザヤ」と呼ばせたい。 いや、個人的な好みの話。「津軽」は最早呼ばない。笑 たまには違った肉付けのキャラクターを書くのも面白いですね。 2010/09/14