Jack the Ripper/Vampire

目に見える物全てを切り裂くように、掌に収まるようなナイフを振るう。 全て。 そう、彼の目に映るのは、金髪の男だけである。 それ以外の物を綺麗に素通りして、彼の瞳はその姿を追う。 「どうしたのさ、シズちゃん。今日は不調かい?」 道路標識という余りにも現実味のない凶器を振り回す相手に揶揄するように声を掛けた。 追われているのは、明らかに臨也である。 強烈な攻撃を躱し躱し、逃げているのだ。 だが、彼の心持ちは違う。 追いかけて、いるのだ。 彼の姿を、彼の本質を。 「ああ、不調だ。てめぇが居るだけで絶不調だ。だが安心しろ、てめぇを殴り倒すぐらいなら問題ねぇからよぉ」 金属の標識をそれはもう棒きれを振り回しているかのように扱う。 当たれば無論、過重で骨の二三本は折れるだろう。 それでも臨也は笑っていた。 笑う以外の表情を、考えられなかった。 「そう?でも俺もそう簡単に殴らせるつもりはないよ」 刀身の短いナイフでどうやって相手を傷付けるか。 そればかりを考えて居る。 本来、彼にとってのナイフは護身用――文字通り、身を守る為の物である。 それをここまで攻撃的に用いるのは平和島静雄という男に限ったことである。 ―――さながら、できの悪い切り裂き魔だね。 「あれ」は確か娼婦ばかりを狙ったのだったか。 でも「あれ」にとって幸福だったのは、狙った相手がすぐに殺せるような相手だったことだ。 いや、違うな。 それが一番「不幸だった」ことじゃないか。 一つの推論に、臨也はうっとりと微笑む。 「…なんだよ、気持ち悪ぃ顔しやがって」 何か奥の手があるのかと身構える男に、 「いや、なんかちょっと幸せ。俺ってほんと現金だよねぇ…知ってたけどさ」 と軽く、しかし極端に毒々しい笑顔で。 「だって、シズちゃんはどうしたって死なないもの」 それが日頃の自身の言葉と何ら矛盾するところがないかのように言った。 そうして切り裂き魔は、未だ死なない獲物を追いかけ続けているのだ。 「殺すまでが、楽しいんだから!」 Jack the Ripper/lack the slapper / 気が付けば、静雄は街中にいた。 仕事が終わっても尚静まらない怒りをどこに吐き出せばいいのか。 彼にはそれに答えるまともな選択肢が無かった。 「ああ、苛々する。仕方ねぇ、ノミ蟲でも殴りに行くか…」 回りに居た人間が余りに物騒な響きにちらり、と振り返る。 だが、彼にとっては些末な事柄である。 今の彼は自らの「乾き」を癒す為だけに、暴力を振るおうとしている。 怒りとはまた少し違う感情を、彼はそれと区別せずに使っている。 正確に言えば、区別するべくも無く彼は「殺意」を知ってしまったのだ。 と、運良く静雄は視界の端に獲物を見付けた。 獲物の方はと言えば雑踏に紛れてぼんやりと歩いている。 最早その程度の迷彩では彼の目から逃れられないことに気付いているのだろうか。 「…いーざーやーくーん」 怒声に人の流れが割れた。 その先で呆然とする獲物を鋭すぎる眼差しで捕らえる。 「ちょ…何で気付いたのかなぁ」 獲物はじり、と後退しながらコートの内側の凶器に手を触れる。 「サバイバルナイフはうっかり刺されば死ぬよなぁ…臨也君よぉ」 獲物は冷たい瞳に一瞬何かを垣間見せ、すぐにまた普段通りのふざけた笑いに切り替えた。 もういくらか退路を考えて居るのだろう。 すっと目を細め、右手を正面に構えた。 「刺さりもしない癖に、何言っちゃってんの」 こうして視線の先で無駄口を叩くこの男を 今すぐ 殺してやりたい どちらが先だか分からないが、兎に角どちらかの移動に反応してもう片方も足を踏みきった。 壁を蹴って逃げる。 地面を蹴って追いかける。 手すりに飛びついて逃げる。 落下地点で待つ。 体幹を捻っての蹴りを右腕で受け止め、逆手で壁に押さえつけた。 「もう逃がさねぇぞ?」 この場に不釣り合いな笑みを浮かべる。 「あっれー…シズちゃんご機嫌だねぇ…」 対する男も、どこか愉快そうに言う。 「うるせぇ、黙ってろ」 言うが早いか、生白い首筋に噛みついた。 ぶつり、と皮膚の切れる音。 どろりと鮮やかな色が流れ出す。 「…痛いんだけど」 その割に唇は幽かに弧を描く。 「内臓破裂とどっちが良かったんだ?」 問いかけには溜息が帰ってきた。 血の滲む傷口を舐めると、小さく息を漏らした。 試しに軽く吸うと、悲鳴のような声が上がる。 「とんだ変態だな、お前」 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、静雄を睨む。 その瞳にはさっき見た何かが見えるような気がして、 「…シズちゃんだけには言われたくないな」 目を合わせれば、そこにはぞっとするような顔をした自分が映っていた。 Vampire/Blood thirsty desire

先生、こいつら二人とも変態です。笑 因みにシズちゃんは臨也君の血を見たいというまぁ変態…。 ていうかこういうのはハロウィンにでもやれって感じですね。 しくじった。笑 2010/02/05