街中怪奇譚

「あ、イザシズ!」 嬉々として上げられた声に、頭が痛くなった。 「ちょ、狩沢さん、現実の人間に対してそういう言い方は…」 遊馬崎は慌てて制止に入るが、 「いや、ほら。見てみれば分かるんだって。アレ、アレ」 ちょいちょい、と路地の方を指さす。 「だから、現実と妄想は区別して…え?」 遊馬崎はそれこそ石にでもなったように動かなかった。 「どうした遊馬崎」 声を掛けても返答する様子がない。 覗き込むと、何か恐ろしい物でも見たように顔を引きつらせている。 「ね?」 極めて上機嫌な狩沢。 あまりにも対照的な反応である。 「―――いや、見えなかったっす。見なかったっす。アレは何て言うか特撮とかそう言うアレっすから!」 ぶんぶんと首を振って悲鳴のような叫びを上げる。 「現実から目を背けちゃ駄目だよゆまっち」 お前が言うな、と言いかけて止めた。 今言っても場を余計混沌とさせるだけである。 「嫌っすよ、止めて下さい、そんなリアリティのない現実は嫌だぁ!」 この世の終わりが来ても、人はこんなにも混乱しまい。 「…で、何があった」 遊馬崎の反応が恐ろしくて、とても自分で確認など出来ない。 が、遊馬崎は遊馬崎で、とても恐ろしくて口に出来ない、といった風である。 「もー、美味しいな、美味しいなぁ♪…ってアレ?…あ、逆だ」 鼻歌でも歌いかねない機嫌の狩沢が、ふと正気に戻ったように見えた。 「はい?」 おそるおそる遊馬崎が尋ねる。 「ははーん。なーんだ、やっぱイザイザが受けかぁ」 にやにやと人の悪い笑みを浮かべる狩沢。 「ちょ!」 短いが適切な突っ込みだ、遊馬崎。 そして、俺にはよく意味が分かっていないんだが…。 「なーる程。襲い受けですねー分かります」 「お願いっす、実況だけは勘弁…!」 両手で耳を覆って対抗しようとする遊馬崎。 必死の形相である。 「前から怪しいと思ってたのよ、あの二人」 どう怪しいんだ。 「自由すぎっすよ狩沢さん…」 耳を覆っているにも関わらずきちんと反応する遊馬崎。 …いや、それじゃ意味ないだろ。 「いやー、ていうかスペック高いよイザイザ。あの見た目で襲い受けとか超ハイスペック」 興奮したようにまくし立てる狩沢。 駄目だ、これは完全にエンジン全開だ。 もはやこちらのことなど視界に入らないかのようにつらつらと語り続ける。 「…もう…なんていうか…」 額を押さえる遊馬崎。 「お前の相棒だろ、なんとかしろよ」 言えば、力なく首を左右に振り、 「無理っす。こうなると誰にも止められないんっすよ…」 と益々以て項垂れるのであった。 「となると、シズちゃんは襲われ攻め?へたれ攻め?―あ!でも鬼畜攻め美味しいです!」 「フリーダム!」 移動してからも暫く暴走を続ける狩沢に、遊馬崎の突っ込みが虚しく響くのであった。 / 逃げ回っていたはずなのだが、何だか馬鹿馬鹿しくなって適当な路地で構えた。 「…覚悟は出来たか、臨也君よぉ」 ぱきぱきと腕を鳴らす音が、ここまで恐ろしい男も他に居まい。 内心ひやりとする物を感じながら、待つ。 いつもならば疾うにナイフを構えているところだが、今日は生憎そう言う気分じゃない。 「おいおい、俺相手に素手でやり合おうってか?」 流石にそれは抵抗が有るのか、何となく躊躇が見られる。 …そんな方向に人間らしさを発揮するシズちゃんはおかしいだろ。 少なくとも、俺の知っている平和島静雄は、横暴で、凶悪で、全く理屈の通じない―――猛獣だ。 「ペンは剣よりも強しって知ってる?」 なのに、こんな風に人間らしくなられちゃ調子が狂うという物だ。 まるで、世界で自分だけが取り残されたような、そんな――― 「あ?…そりゃペンも刺さると痛いが…」 意図したところと微妙にずれた回答に思わず苦笑いする。 「言葉には、勝てないんだってこと」 やっぱり分かって無さそうな顔だ。 そう来なくては。 「何が言いたい」 一気に間合いを詰めて、耳元で囁く。 「     」 ぎょっとしたような、それはもう酷く狼狽した顔をしてくれる。 そういう素直なところが心の底から「嫌い」だ。 「…どうしたんだ…急に…」 混乱の余り、怒りがどこかへ飛んでしまったらしい。 キレていないシズちゃんなんて、何年ぶりだろう。 「別に、急じゃ…ないんだけどね」 それだけ言って、盗むように口付けた。 存外―――いや、予想通り柔らかく温んだ感触に、思わず目を細めた。 抵抗する気配を見せないことが、尚のこと気分を良くさせる。 「あ―――ふ」 唇を放すと、放心したようなシズちゃんと目が合った。 「あれ、気持ちよかった?」 からかうように問いかけると、 「………っ」 顔を真っ赤にして、でも一言も反論はしてこない。 「はは…可愛いねぇ、シズちゃん」 いつもこうなら、こんなに扱いやすい男は他に居まい。 今日は一体どうしたんだろう。 シズちゃんも―――俺も。 「てめ……!」 漸く頭がついてきたのか、鋭い目で睨みつけてきた。 「うん?―――やだなぁ、怖い顔しないでよ」 まるで、獲物を前にした肉食獣のような双眸で、 「―――…臨也、手前」 今にもこちらを八つ裂きにしそうな苛烈さで。 だから、 俺は 「そんな風に睨まれたら」 この男から離れられない。 頬に、そっと指を沿わせた。 「!?」 ぎくり、と全身を硬直させる。 そろそろ構わないだろうか。 「…ねぇ、シズちゃん」 皆まで言わずとも、分かるだろう? そうして俺は、いつまでたっても叶えられない願望をせせら笑う。 ―――この男に、食べられたい、だなんて。 コンクリートの壁に押しつけられる痛みに、どこか歪んだ甘美さを見出して。

前半が、ピーク。笑テンションのピークですよ。 ワゴン組愛おしい。渡草を出し損なったのが悔いかなぁ。 後半は少し鬱神が降臨してそれを追い払おうと格闘した形跡が。笑 いやはや、襲い受け好きすぎてごはんが美味しい。 と、よくわからなくなってきましたが、一応リクエストを参考にした…筈なんです。 2010/02/01