軽く頭が痛くなるような強い日差し。
まだまだ、夏は終わってないぞ。
そう主張するが如く狂気的な暑さを誇る。

八月も終わりに近い。
暦の上ではもう秋だ。
だというのに、理不尽なほどの隆盛を誇る 夏。

「度し難いね」

首筋にだらだらと流れる汗を不快に思いながら彼は呟いた。
長すぎる夏を、呪う。

「こう暑いと、何だか殺意さえ芽生えるよ」

―――太陽が俺を焼き殺そうとするから、だから、正当防衛になるんだろうか。
ふと脳裏によぎった存在を、彼は迅速に意識下に抹殺する。
この程度の熱線で人は死なない。

「死ねばいいのに」

主語のない呟きは、都会の熱気に溶けてなくなった。


熱射

日陰を選んで通る物の、地面からの熱気は避けきれない。 時刻は三時四十分。 まだまだ気温は下がらない。 「ああもう、在宅の仕事しかしたくない」 しかしそう言うわけにも行かない、自営業。 「今度ボーナスを出そう。俺に。是非出そう」 空しいことこの上ない、呻きのような呟き。 不定休、勤務時間も定まらない。 自由業しかできないだろうと踏んでのことだったのだが、一長一短。 「でも人をあんまり増やすのもなぁ…リスクが高いし」 有能な人材というのはどこにでも転がっているわけではない。 更に、何かを秘密にしておきたいなら、共有者は出来る限り少なくしておかねばならない。 人が増えれば増えるほど、累乗的に露見リスクも高くなる。 これで食っていかなければならないのだから、そのような危険なことはなるべくならしたくない。 「ああ…しかしあっついな…」 因みに、今の彼は『情報屋』ではなく『ファイナンシャルプランナー』のつもりで出歩いている。 クールビズ全盛期とはいえ見た目から先ずは勝負をしなければならないので、ジャケットに長袖シャツである。 流石に、炎天下でジャケットは熱中症になりそうなので脱いで脇に抱えているが。 「これが毎日の業務じゃなくてほんと良かった」 心の底からの一言だった。 商談自体は簡単に終わった。 大体の説明は事前にしてあったし、取り次ぎに出てくれた人も事情をきちんと把握していたようだ。 「暑い中わざわざ出向いて頂いて」 そう言って出された氷の浮いた麦茶が何よりもありがたかった。 「暑いですねぇ、今年は特に」 毎年慣用句的にそう言うのだが、こと今日に関しては建前抜きで同意したい。 「ええ。本当に暑い」 冬はどうなるんだろうか。 暖冬か。 それとも極寒か。 …気象予報の勉強をするのも悪くない。 それが何らかの情報になることも有るだろうし。 そんなことを考えながらオフィスを出た。 「まだ暑いとか…信じられない、馬鹿じゃないかな」 誰が、とか、何が、とかはこの際問題ではない。 どこにぶつければいいのか分からない理不尽にたいする文句を、取り敢えず口に出したいだけなのだ。 言葉その物意味は大して重要ではない。 「駄目だ、どっかで涼んでから帰ろう…」 よろよろとコーヒーショップに吸い寄せられる。 中には同じような境遇なのであろうサラリーマン風の男や、夏休み最後の日々を過ごす学生連中などが沈んでいた。 アイスカフェラテをオーダーし、指示されたランプの下で待っていると、 「………嘘だろ」 彼の目に極めて絶望的な光景が飛び込んできた。 何万分の一の確率なのだろうか。 この世で最も会ってはならない男が、奥の席に大人しく座っている。 厳密には、その上司と一緒に。 「………いや、ないない。見間違いだ、多分」 極端にわかりやすいアイコン。 決して間違えるはずのない、仇敵の顔。 しかし今ここで騒ぎを起こすのは嫌だった。 「アイスカフェラテのトールサイズでお待ちのお客様…」 カウンターにプラスティックカップを差し出す店員から、無意味なほど完璧な愛想笑いをして受け取る。 「ああ、ありがとう」 そう言って、落ち着いて、しかし迅速に空きの座席に移動した。 「涼みに来て、余計暑くなるとか冗談じゃないからな…」 ストローでベージュ色の液体を吸い上げる。 「…ああ、味が分からない…」 あれだけ暑かったはずなのに、もうすっかり背筋が冷えてしまった。 思わず脱いでいたジャケットを羽織る。 溜息を吐いて、色々な物を追い出す。 視界からも、追い出す。 「ああ、美味しい美味しい」 視線を入り口に向ける。 随分と日が落ちた。 長く作られる影が、日の入りを予期させる。 そう言えば日傘の女性も減ってきた。 これを飲み終わる頃にはもう少し涼しくなっているだろうか。 とりとめもないことを考え始めた。 彼の予定したとおり自己暗示は上手く行き、天敵を首尾良く意識の外に放り出すことに成功した。 今の彼の脳内を占めているのは、今日の相手との仕事の内容である。 それと、夕飯に何を食べるか。 今日は久しぶりにヴィシソワーズも良いな。 序でに魚をどうにかしよう。 あとは… ―――帰りにデパート寄って帰ろう。 それなりに献立も纏まり、すっきりしたところで、ふと、左頬に違和感を感じた。 じりじりと焼けるような、違和感。 「………?」 何の気無しに左側を見やって、酷く後悔する羽目になる。 「………!!?」 彼は綺麗さっぱり忘れていたのだが、店の奥には彼の宿敵が座していたのである。 そして、具合の悪いことに彼が物思いにふけっている間に、ばっちり発見されていたのであった。 しかし、店内だ。 涼ませてもらっておいてそこで暴れるのもいかがな物か。 静雄の方もストッパー役の上司が居たおかげで、まだ爆発するには至っていないようだ。 上司様々だな…そう思いながら臨也はカップの中身に目をやった。 残り三分の一。 再度流し見ると、神妙な顔をした平和島静雄と目が合う。 珍しい。 怒っては居ないようだ。 しかし、決して機嫌の良い様子でもない。 いつ爆発するか分からないので、今下手に動かない方が良い。 寧ろ知らぬ存ぜぬを貫き通す方が良いぐらいではないだろうか。 そう思いながらも、やはり気になる。 熱い。 彼は内心で呻いた。 涼しい店内で、有り得ない感想だ。 冷たい飲み物、効きすぎている位の空調。 それなのに。 どこかむず痒い、居心地の悪い感覚。 耐えかねて目を閉じる。 ―――いい加減諦めろよ。 自然と、彼の眉間に皺が寄っていく。 今日は君の相手はしないって決めてるんだ。 そっちだって連れが居るんだし今日は止めとこう、ね、そうしようよ。 そんな風に穴が開くほど見なくたって良いじゃないか。 視線じゃ、人は殺せないんだよ、シズちゃん。 彼は震える手を押さえて残りを飲みきる。 一切気付いていない調子で、カップを捨て、トレーを返却する。 ―――背中が焼ける。 肩、腕、指先。 順に視線の先が移動する。 「ごちそうさま」 カウンターを通過し、自動ドアを開ける。 吹き込んでくる蒸し暑い空気。 「うわ、あつ…」 一歩踏み出し、二歩目を出すと背後でドアの閉まる音がした。 硝子の壁一枚隔てただけでこんなにも心持ちが違う物なのかと彼は嘆息する。 「ああ、災難だった…」 ビルを吹き下ろしてくる熱風。 今日もきっと熱帯夜だ。 「さて、帰らないと」 一度駅の方に足を向けて、 しかし、何を思ったのか振り向いた。 「ばいばい、シズちゃん」 纏わり付いてくる視線を引き千切るように、彼は熱線の先へ満面の笑みを向けた。 ―――精々視線で俺を殺せるようになるまで努力して御覧よ。 言葉にしないまま、蒸し暑い街頭に消えた。 「あの野郎…気付いてやがった」 静雄は軽く舌打ちした。 「そりゃお前さん、あんだけ凄まじい勢いで睨み付けてりゃ流石に気付くだろ」 上司はやれやれ、といった体で言う。 驚いて振り向いた後輩をあしらうように 「そんなに好みの見た目なのか?」 いつもならば、冗談じゃないと直ぐさま否定が入るのだが、 「いや、そんなんじゃなくて…なんつーか…」 と、今日は少し歯切れが悪かった。 「ありゃ、珍しいこともあるもんだなぁ…」 様子のおかしい後輩を心配半分、おもしろ半分に眺める。 「今日のは、その」 俺の知らないあいつにちょっと驚いたっていうか――― 彼は自分で何を言っているのかよくわかっていないんだろうな、と、静雄本人よりも彼をよく分かっている上司は思った。

表記に迷いがある。だらだらとしている。でもまぁ 喫茶店での話は常套手段なんでs…えふえふん まぁ要するにリハビリですね、わかります。 残暑滅しろという 気持ちを込めて。 2010/08/27