※実は臨也さんが百戦百勝だったら、という妄想。

一方的な暴力

黒のロングコートの男とバーテン服の男が、人混みを掻き分けて走っていく。 『あ、平和島静雄だ!』 『ってことは、あれ』 『折原じゃん!』 得物が近くに見つからなかったのか、バーテン服の男は丸腰である。 だが、彼にとっての最大の武器は己の強靭な肉体に他ならない。 手近に得物が無かったからといって、それは何らビハインドになり得ないのだ。 とすれば、逃げている男は圧倒的に不利に見える。 走り回るのにはどう考えても適さないロングコート、これといった得物も見当たらない。 彼を良く知る人物ならば、コートの袖の隠しポケットに「ナイフ」が仕込まれていることを指摘するだろう。 だが、それも所詮小型の折りたたみナイフであり、相手が普通の人間であったとしても大した殺傷力を持たない。 それもそうだ"殺さない"為のナイフなのだから。 なら、折原臨也は上手く逃げ果せる以外に生き残る選択肢が無いのかという話になるのだが 「シズちゃんは結局筋肉馬鹿なんだよ」 人混みを潜り抜けた先の僅かに空き地のようになった道路でやりとりは続けられていた。 かなり高速で繰り出される拳を臨也はひょいひょいと躱す。 静雄は静雄でどれだけ躱されても疲れを知らぬように拳を出し続ける。 その一撃一撃がとてつもない質量を持った打撃である事を、お互いに感じさせないような動きである。 余りにも、軽快。 「黙れノミ蟲!」 渾身の一発。 だが、臨也は静雄の手首に己の手の甲を添えて僅かに軌道をずらす。 手を返し、手首を押さえ、打撃の勢いを利用して思い切り引っぱる。 左足を軸に残し、体を半回転、右膝で鳩尾に一発。 慣性で前のめりになった静雄の後頭部に肘撃ちを一発。 「…っぐ!」 この間三秒。 「武術の基本は円の動き。―――で、背中ががら空きだよ、シズちゃん」 とどめの一発に左肺に全体重で拳を叩きつけた。 「かっ…は…っ」 地面にうつ伏せに叩きつけられて思い切り噎せる。 (あー、痛ぇ…) 静雄は左側の肺できちんと息を吸えている気がしなかった。 だが吐かされたのが空気だけで済んだのは奇跡に近い。 本来ならば十分最初の二発で昏倒していてもおかしくない状況である。 「うーん…流石に頑丈だなぁ…。普通もっとグロッキーになるものなんだけど…」 臨也は困ったように呟く。 ひたすら噎せ続ける静雄を傍目に、息一つ切らせてはいない。 「まぁ、これで暫くは立てないんじゃない?」 彼の薄く形の良い唇が弧を描く。 「…っは…く、…イザ、ヤぁ!」 アスファルトが指の跡に―――まるで砂の上を引っ掻いたかのように抉れた。 有り得ない光景にやれやれ、と首を振る。 「ほんと、力は使い様なんだけどねぇ」 これだけ長く自分とやりあっていて、未だに馬鹿の一つ覚えみたいに真っ直ぐ攻撃を仕掛ける静雄に呆れ半分、「愛おしさ」半分。 臨也にとって"並外れた膂力"は決して恐怖の対象ではない。 流石にまともに喰らえば大惨事だが、いなし方も、それを逆に利用する方法も知っている。 彼は力の代わりに、冷静な分析力を持っているのだ。 「でもまぁ、君がわざわざ負けるために追掛けてくれるなら悪い気はしないよね」 ("間抜けな"シズちゃんの顔でも拝んでやろうかな) しゃがみ込み、顎を掴んで上を向かせた。 今になってやっと後頭部への打撃が効いて来たのか、普段の三割り増しで馬鹿っぽい顔だと臨也は思った。 「あはは、無様だなぁ、シズちゃん」 視界のコントロールが出来ないのか、焦点が合わない。 「…イザヤ」 (はいはい、それでも敵の名前は忘れないんだね) 臨也は些か加虐的な気分になった。 カシャ、と音を立ててナイフを開く。 「死んどく?」 喉笛を掻っ捌くべく、刃を横向けに添えた。 「…いざ、や」 (他に言うことは無いのかよ) もっと恨みがましい目で見てくれると思ったのに存外"普通に"可哀想な顔をするものだ、と思う。 「ねぇ、結局の所どうして俺のこと追掛けてくれるの」 臨也がいつも聞こうと思って聞けなかったことだ。 ―――何故聞けなかったのかは、彼のみぞ知るところである。 「教えてよ、シズちゃん」 どれくらいの時間が流れたのか、二人ともわからなかった。 長かったような、短かったような奇妙な間が空いて、 「…よ」 漸く息が整ってきた静雄が口を開いた。 「ん?なぁに、聞こえなかった」 ナイフを思い切り押し付けて促す。 皮膚が裂けて血が滲んだ。 「…いい加減、わかんねぇのかよって、言ってんだ」 酷く掠れた声だ。 だが少しばかり馬鹿にしたような口調が、臨也には面白くない。 「わかんないなぁ、日本語で言ってくれない?」 そう言いながら親指を静雄の口の中に押し込む。 舌を強く押されて静雄が嘔吐いた。 (あー、可哀想に。シズちゃんでさえなければ同情に値するね) そんなことを考えながら、静雄を眺める臨也の目はとても冷たい。 「―――俺は、手前を探してるんだ。いつも、いつだって」 静雄はまるで獣のように爛々と目を輝かせて言う。 夜行性の動物の、宵闇の底で瞳が光るように。 「へぇ?」 臨也は、くく、と喉の奥で笑うと静雄に焦点を合わせる。 「なら、もっと強くならなきゃねぇ」 そう言って再び微笑んだ。 ちらりと見えた首筋の傷が存外浅かったことに、隠れて舌打ちしながら。

やっと念願のバイオレンス臨也さんを書けた件。 バイオレンス、というか、アニメ7話のままの力関係だとした場合というか。 体術なんかはやっぱり絵で見ないと面白みが無いですけどね。 2010/03/12