※とっくにデキている設定(拍手お礼纏め)

高熱

「なんか、昨日から身体が怠くてさ」 そう言ってソファーで撃沈しているのは池袋最強、もとい、池袋最凶と称される男である。 今はトレードマークのサングラスも外しており、何だか妙に大人しそうに見える。 「そうなの?…まぁ確かに具合は悪そうだけど」 遠目に見た感じでは、二日酔いだとかそういった潰れ方なんだが。 「動くのも面倒なぐらい、辛いんだよ」 彼にしては珍しく、少し弱音を吐き出した。 「怠惰だね」 やや冷たく返してやると、じろり、とあまり威力のない睨みをくれる。 何だろう、瀕死の猛獣を目の前にしているようだ。 とても気分が良い。 ソファに近づくと、少し身構えたようだ。 ほんと、どこまでも動物的だなぁ…。 「ああ、でも確かに熱いね」 頬に手を当てると予想以上に熱い。 どうやらこれは本格的に熱が出ているらしい。 物理攻撃には強くても、内部の問題はどうしようもないのか。 手を離そうとすると、思いっきり引き留められた。 動くのも怠い病人のどこにそんな力があるんだ、と突っ込みたいぐらいである。 「なに、シズちゃん」 だが一瞬、やってしまった、という顔をして、 「…いや、悪い。なんでもない」 等と言い、あっさりこちらの手を解放した。 触れた頬も手も火傷しそうなほど熱かったから、 こっちまで熱が出てきそうだ、とかさ。 / 何が不満なのかじっとりと睨め付けてくるのを軽く無視し、絞ったタオルを額に乗せた。 冷えピタのような都合の良い物は、この部屋には無かった。 というか、一人暮らしの男が常備するような代物じゃないだろう。 ベッドにシズちゃんを寝かしつけて(ああ、なんかお母さんみたい)雑炊を作る。 雑炊だって、自分の回復期の料理として覚えただけで、誰かに振る舞うようなものではない。 自分が本当に辛い時は、正直何も食べられないし、何かを作ってくれるような相手は居ない訳だし… あれ、なんか俺凄い寂しい人みたいなかんじになってないか。 断じて違う、そんな筈は無い。 寂しくなんか… 「なぁ」 いつの間に起き上がったのか、ほんの一メートルほど先にシズちゃんが立っている。 「…寝てろって言ったじゃん」 ちょっときつめに言うと、しゅん、と露骨に凹む。 え、何その反応。 ちょっと可愛い…とか思った俺を本気で殴りたいと思った。 「…別に、風邪とかじゃねぇんだよ」 さっきまで怠くて動くのも面倒だとか言ってた癖に、何だよ。 普通に歩き回れるんじゃないか。 壁に凭れかかってこちらの手許を眺めている。 そのぼんやりとした何かに耐えられなくて口を開く。 「知ってた?馬鹿は風邪引かないって、あれ、迷信なんだよ」 特に言いたい事でもなかったが、間が空く方が辛い。 「そうなのか?」 で、大人しく食いついてくるシズちゃん。 今日ほど君の単細胞を有り難く思ったことは無いよ。 「うん。正しくは、馬鹿は風邪を引いたことに気が付かないから、自分は風邪を引かないと思い込んでるってこと」 つまり、目の前の君のような奴なんだけど、と言いかけて止めた。 病人に暴れさせるのもなんだかなぁ、と思ったのである。 「…馬鹿だな」 …自分で言っちゃった。 「うん、正に馬鹿だね」 だが、自分の事だとは一切認識していないのか、冷静に聞き流している。 具合が悪いんだか、何なんだかよく分からなくなってきた。 だが、片手鍋が堅実に自分の仕事をこなしてくれたので、少なくとも雑炊は出来上がった。 / 「…冷たいんだな」 机の上に置かれた雑炊を見て、そう言う。 「ごめん、どこが?」 成人男性相手にここまで献身的な看病をしてやっているというのに、なんだその言いぐさは。 「食べさせてくれないのか」 思わず噎せた。 「…だから君、どこでそう言う残念な予備知識を仕入れてくるのかなぁ…」 額に手を当てて呟いた。 「普通そういうものじゃないのか」 きょとんとした顔で言う。 ああそうだった。 可哀想なことにこの男はファンタジーな世界しか知らないんだった。 「いい加減現実を見てくれ。君は発想が些かファンシー過ぎるよ」 だが、そろそろ現状を把握して欲しい。 普通、そんな恋愛小説みたいなイベントは殆ど発生しない。 しないのが、普通なのだ。 「…駄目か」 ああ、駄目だとも。 そんな顔で見たって無駄だ。 「だからぁ!俺は君のお母さんでも何でもないからね。そんな風に可愛くおねだりされても駄目な物は駄目」 大事なのは断固たる理性を持った線引きである。 そうでなければずるずると流されて馬鹿なことをしかねない。 「…いざや」 ………あ、駄目だった。 「ぐ………いや、でも、その…さ、冷ましたりとかは自分でしてよ」 決意した端からこれでは先が思いやられる。 「ああ」 全く現金な話だが、こうやって素直に喜んでくれるならまぁ悪くはないかなと思うんだが――― …それが、流されている、という事だ折原臨也。 しっかりしろ。 レンゲに掬って口の前まで持って行ってやる。 「はい、ちゃんと冷ましなよ」 馬鹿ではないので「ハイ、あーん♪」だの、そういったサービスはない。 断固、無いったら無いのである。 そういうのは付き合い始めて一ヶ月以内のカップルと、新婚早々の夫婦だけが許されているのだ。 それが我が身に降りかかるなど怖気が走る。 「ん」 律儀に吹いて冷ます様子が何とも滑稽だ。 ある程度吹いたらレンゲに齧り付くように食す。 もぐもぐと口を動かしているのが、何だか小動物のように思えてくすぐったい。 「おいしい?」 聞くつもりなんて無かったのに、つい口が滑った。 すると、今し方口の中の物を嚥下し終えたのか、ふっと表情を緩めて 「うまいよ」 とだけ言う。 「ああ…そう」 …なんだ、この強烈な敗北感。 そう思いながらもきちんと食べさせてやるあたり、偉いと思うんだ。 (体調の悪い割にはよく食べるな、シズちゃん…) とどうでも良い事を思いながら、餌付けに勤しむのであった。 / 割と酷い咳だな、と思った。 ごほごほと噎せているのを見るのは、あまり気分の良い物では無い。 「大丈夫?」 柄にもなく(本当に自分の柄じゃないんだけど)覗き込むと、少し怖い目をしたシズちゃんと目が合った。 「…感染るぞ」 少し掠れた声で言う。 「そう簡単に風邪は感染らないよ」 すると、どうしたわけか困ったような顔をして、 「いや、でも結構辛いぞ、これ」 と言う。 「何、ちょっと気を遣ってくれてたりするの?やっさしーなシズちゃん、超いい人だ」 あんまりそういう優しさとかを発揮されたくない。 それって、何か違う気がするんだ。 何がかはよく解らないけど。 「茶化すな」 そして案の定怒られた。 「ごめんごめん。でもさ、免疫力が特別下がってない限り風邪は引かないよ」 まぁここは情報屋さんなので無知な君に教えて上げよう。 「うん?」 意図が分からない、と表情が訴える。 「だから、もし感染ったとすれば、それは元々体調が悪かったって事。半分は自分の責任だよね」 普段以上に明るく言う。 「…気ィ遣わなくても良いぞ?」 ………。 「何なのシズちゃん」 まともな反論が思いつかない辺りがとてつもなく悔しい。 ああくそう、胃が痛くなってきた。 どうしちゃったんだろう、俺。 しっかりしてくれよ、俺。 「薬だけ飲んで早く寝ろよ」 言い捨ててから、もしかしてこれは肯定したことになってしまったのだろうかと自己嫌悪に陥ったのはまた別の話。 / 気にしなくて良い、と言ったのは確かに俺なのだがこれは何だか間違っている気がする。 「臨也ァ」 背後から自分より一回り近く大きな身体が覆い被さってくる。 相変わらず良い体格だ、畜生。 「…いやいや、なんか近くない?」 ずっしりと体重が掛かる。 「…そうか?」 なんだ、そんな無邪気な声を出さなくても良い。 こう、大柄なのに小さい子の面倒を見ているような気分になってしまう。 「いや、ほら確かに風邪が感染るとかは思わないけど、何だろう、普段はもうちょっと距離がある筈なんだけど」 そうだ。 いつもはもう少し、適正距離を保っていると思う。 ベンチの端と端ぐらいの距離は必ず空けてあるのだ。 「………?」 よく分からない、と顔に書いてある。 だから、そういう態度はやめろ。 「端的に言えばさ、いつもはこんなにべったりしてないよ、君」 べったりというか、ここまで密着されるともう何と言っていいかわからない。 しかし、相手が病人だとあまりきつい言い方も出来ない。 なんと苛立たしい男なんだ、平和島静雄…! 「…なんか、冷たくて気持ちいいから」 そう言いながら、手の甲でぺたり、と頬に触れてくる。 「熱い、よ」 直に触れる吐息も、回される腕も、何もかも、熱くて仕方がない。 「なぁ、臨也」 髪に顔を埋めて呟く。 そんな一つ一つの仕草がどこか――― 「ここぞとばかりに甘えるねぇシズちゃん…」 首だけ振り向くと、どことなくぼんやりした表情のシズちゃんと目があった。 …ま、熱が出てるのは本当なんだから少々は仕方ない…のか? 「ん」 さっきのお返しに、頬を手の甲で触ると、やっぱりとても熱かった。 シズちゃんは、軽くその手を捕まえて、気持ちよさそうに目を細める。 「………早く治してよ」 いつもと勝手が違って、困る。 何が、なのかは断定することを避けよう。 自らの精神衛生上の大いなる問題となりかねない。 「ああ、わかってる」 いつも以上に締まりのない顔しやがって。 「これだからシズちゃんは、」 ―――続きは君が治ったら教えてやるよ

存在その物を忘れていたという奇跡。こえぇぇえ。 …こいつらリア充です。 國東のHPはもうゼロよ…ぐふ… 2010/09/04