※とっくにデキている設定/ちょ、このリア充どもが…!笑

日々難題

取り立ての業務を全て終わらせて帰宅すると、カレーの香りがした。 それも、あれだ。 ちょっとした洋食屋が出すような奴のだ。 「飯にする?それとも先にシャワー浴びてくる?」 臨也はひょい、とキッチンカウンターから顔を出した。 「一つ足りなくないか?」 こちらの問いかけに対して、 「あ、何、どっちもいらないぐらい疲れてた?」 等と的外れな返事をする。 「違ぇよ」 日頃察しが良い癖に、何だ。 大事な事は分からないってか。 「…じゃあどっちか選んでよ。シズちゃんの分も注いだ方が良いのか返事待ってるんだから。もう、火止めるからね」 剰えこちらの返事が不味いかのように不満げな口調で言いやがる。 「手前「俺はそんな痛いことしないからね!」 びしっと一言言ってやろうと思ったのに、思いっきり遮られた。 「…なんだ、やっぱりわざとか」 そうだろうと思ったんだ。 俺よりよっぽど気の回るこいつが、分かってない筈がない。 「わざと?違うよ、まともなんだよ。常識で考えてよシズちゃんいい年こいた大人が何してんだよってなるでしょ!」 俺の言葉を遮った勢いのまま早口で捲し立てる。 「馬鹿野郎、男のロマンだろうが!」 こちらも負けじと主張する。 「頼むから現実を見て、シズちゃん。大の男に何をさせようとしてるんだよ」 眉間に皺を深く刻んで忌々しげに言う。 だがしかし、お玉を持ったまま言われてもなぁ、という所ではある。 「…別に俺は気にしないぞ?」 なんだかちょっと間抜けな絵に笑いそうになってしまう。 「俺が、気にするの。ていうか無いよ、無い無い。酷い絵面だよそれ」 ぶんぶんと首を振り、何かを追い払おうとしている。 「いや、だってエプロンまで律儀につけてるじゃねぇか」 ベージュの、割とシンプルなデザインのエプロン。 黒いシャツとはよく合っていると思う。 「これはさっきまで調理してたからだよ。他意は無い。一切無い」 それと、なんだ。 あれは後ろ姿がとても良い。 上手く表現できないが、凄く、良い。 「…似合ってるぞ、結構」 褒めたつもりだったのだが、 「そんな褒め方しないでくれ。凄く怖いから」 思いっきり視線を逸らされた。 「大体なんでそんなに嫌がるんだよ」 臨也の必要以上に大げさな反応が気に入らない。 素直にやれば良い物を…。 「普通嫌だよ、誰だって嫌だ」 むすっとへの字型に口を引き結んでこちらを睨んでくる。 そう嫌がられると意地でもやらせたくなるのが人情という物である。 「そうか。でも俺は間違ってない」 断固として譲歩はしない方針が固まった。 「間違ってるよ、大間違いだよ!」 半ば悲鳴のような叫びだ。 「そうかぁ?」 …一応何か言い分が有るようなので聞いてやらないでもない。 何せ、今日は少しばかり機嫌が良い。 「そうだよ、もう少し現実を見なよ。俺そういうキャラクターじゃないから」 …現実を見た結果だ、と言っても無駄だろうな。 「…あんまりなめた事言ってると、痛い目見せるぞ」 とは言え、最近痣になるような殴り方はしていない。 「あ、すぐそうやって暴力に訴えようとする。ほんとその癖なんとかしなよ」 だが、いくら加減しても『痛い』だの『野蛮』だの言いやがるのが少し…いや、かなり癪だ。 「うるせぇ、手前こそそうやって煙に巻こうとするのやめやがれ」 口ばかりぺらぺらと回る人間なのは最初から分かっていたが、こうも口数が多いと相手にするのが大変だ。 「これは生まれつきですぅ、どうしようもありませんー」 特に人を馬鹿にしたような口調で言われると、怒りが一気に爆発しそうになるのを押さえるのに手一杯になってしまう。 「…じゃあ手前、お互い様じゃねぇかよ」 口が上手くない分、せめて視線で威嚇する。 「違うもん、シズちゃんの方が凶悪且つ危険だもん」 だが、慣れきっているのか、殆ど効果は無い。 「い、いい年した大人が『だもん』とか言ってんじゃねぇよ!」 …その上、ちょっと可愛いとか思ってしまったのが悔しい。 「良いんだよー、永遠の21歳だから」 しかもそれが全く疑いを持たれずに罷り通るぐらいなのだから性質が悪い。 「じゃあ別に今更少々のことで文句言うなよ」 そう、はっきり言って『折原臨也』のボーダーが分からない。 何が良くて何が良くないのか、俺にはとても理解出来ない部分が有る。 「少々!?あれが少々!?信じられない、君遂に頭まで筋肉になっちゃった?」 あんまりな言い様だ。 「し…少々だろ。良いじゃねぇかよ、ていうか寧ろ何が悪いんだよ」 もういっそ開き直った方が強い気がしてきた。 「しかも開き直った!…これだから童貞は…!」 思いっきり指摘された上に、あらぬ暴言まで吐かれた。 …ちょっと前の俺なら確実に肋骨を折りに行っただろう。 だが、 「残念だったな、お前のせいで最早童貞じゃねぇんだ」 という訳で、俺はとても、非常に、大層寛容になっている。 序でに言えば、今日の夕飯がカレーだったのも少し加点である。 「く…でも発想が永遠の童貞だよ。童貞歴長すぎて思考回路が童貞そのものだ」 やや不利と見たか、攻め方を変えてきた。 「それは十中八九手前のせいだろうが」 だが甘いな臨也。 俺だって短い付き合いじゃないんだ。 「はい?」 全く分からない、という顔をしている。 「…そりゃ、手前が…その…」 まぁ弱点が分かった所で言葉に全部出せるか、と言われれば未だそこまでの域には到達していないので無理なのである。 が、幸か不幸か臨也は非常に察しが良い。 「もうやだこの人」 額に手を当ててやれやれ、と大げさにジェスチャーをする。 「うるせぇ、兎に角手前のせいだ、責任取れ!」 色々思い出して何だか無性に恥ずかしくなってきた。 奴の弱点は残念ながら、俺の弱点でもあったようだ。 「無理ですー、俺悪くないもん、ていうかそれ百パーセント君のせいじゃん」 うへぇ、と心底嫌そうな反応をする。 「…手前と会わなきゃもう少しまともだったぞ」 何気なく言ったのだが、 「う…そう言われると反論できない。今更自分の悪行の数々が自分に返ってくるだなんて…!」 意外と大ダメージだったようだ。 あれ、これは少し有利な状況なのだろうか。 ちらっと盗み見ると、何事か思案しているような表情だ。 「…臨也?」 名前を呼ぶと、少し困ったように眉根を寄せて、 「…カレー、冷めちゃうじゃん」 とぼやく。 「…じゃあカレーの後にすれば良いか?」 譲歩してやったぞ、と示すと益々困ったように呻き、 「序でにシャワーの後にしてもらえると助かるね」 溜息混じりにそう言った。 まぁ確かに腹は減っていた訳だし、遅くまで業務があったから疲れてもいた。 だがそれにも増して恋しかったのだと言ったら、一言、『馬鹿だね』とだけ言って暫くそっぽを向いてしまった。 素直じゃない男に悪戦苦闘しつつ、それが少し楽しいと思っている自分がおかしかった。

たまには馬鹿な話も書きたい。笑 2010/02/28