※とっくにデキている設定

甘くないココア

マグカップの中の液面で反射する蛍光灯をぼんやりと眺める。 湯気と小刻みな揺れで、歪んだ形に見えた。 「そういえばシズちゃんってさ、異常なほど年下ハンターだよね」 どのような文脈でそう言ったんだったかちょっと怪しい。 本当に、こう、するっと口から滑って出て行ってしまったという感覚なのである。 「…ア?」 そして、煙草を吸っていたシズちゃんは、これもまたうっかり反応してしまった、といった風であった。 身体をソファに沈め、首だけを軽くこちらに向けた。 「…いや、その、何となく」 細かい事例を一々あげつらってみても仕方がない。 そんなことに拘るほど俺は度量の狭い男ではないのだ。 まぁ、何というか確かに不愉快ではある。 平和島静雄については自分だけが知っていれば十分だと思う。 その為にわざわざ人が好かないであろう(そして自分も好かない)男を見付けて構い倒しているのに。 …なんだろう、売れないアイドルを愛していた初期のファンみたいな気持ち? 「てめぇの言う異常ってのがよくわかんねぇけどさ」 ふう、と煙を吐き出す。 その仕草に何だかよく分からないもやもやが胸の内に溜まる。 「ああ、この場合の異常というのは『年下』にかけて『ロリコン』と読み替えても良いし、『ハンター』にかけて『年下たらし』だと言い換えても良いよ」 ぺらぺらと口は回るのだが、何だかこう、すっきりしない。 何かが引っ掛かって仕方がない。 「アホかてめぇは」 殴られる覚悟で言ったのだが、存外我慢強いようだ。 で、殴られずに済んだにも関わらず、もっともやもやする。 ああくそ、凄く腹が立ってきた。 「大体俺、年下の女の子はストライクゾーン外なんだよね。妹が居るから」 はっきり言って自分が何を言いたいのかさえ解らなくなっている。 「…そりゃてめぇの好みはそうだろうよ。ていうか別に俺は年下の女が好きだなんて一言も言ってねぇだろ」 おかしい。 いつもならこう、既にシズちゃんは爆発済みである。 そして、俺のナイフもそろそろ二本ぐらい折られているところである。 それなのにシズちゃんは、少し困ったように言うぐらいで、一向にキレる素振りを見せない。 寧ろ、どちらかと言えば俺の方がキレそうなぐらいだ。 何が引き金何だかさっぱり解らない苛立ちは、ただ勝手に人の頭を掻き回す。 いい加減にしてくれ。 俺が考えることを奪われたら、他に何が残るって言うんだよ。 「…へぇ、でも愛してくれるなら誰でも良いんじゃないの?シズちゃんは随分と寂しがり屋さんだから」 目が合った。 いつの間に外したのやら、サングラスは掛かっていなかった。 「お前が言うな」 こっちは売り言葉のつもりなのに、全く買ってくれる気配がない。 何だ、遂に破産したのかシズちゃん。 「何それ。俺は確かに来るもの拒まず、去る者追わずの博愛主義だけど、寂しいからとか、そんなんじゃないし」 少し冷めてしまったカップの中味を流し込む。 飲みきったら流しに突っ込んで軽く濯がなくてはいけない。 この手の飲み物は底に溜まるから困る。 「おい、臨也」 ごほっ。 最後に少し喉に絡んでいた甘さが戻って来る。 抗議の為にきっ、と睨みだけくれてシンクにカップを置きに行く。 水を流し入れると、薄茶色に濁った。 「…ったく、馬鹿が」 水を使っていたのでよく聞こえない。 「何か言いたいならもっとストレートに言いやがれ」 振り向くと、こちらの退路を断つような位置で壁に凭れて腕組みをしている。 いつ立ち上がったのか全く気が付かなかった。 無視すれば、やっと不快そうな声を出した。 そうだよ、それでこそ君だろ。 我慢強いシズちゃんなんておかしいんだよ。 そんな人間味溢れるシズちゃんなんて、気持ち悪いったらありゃしない。 「別に、特に言うべき事なんてないよ」 手に付いた水滴を軽く払って脇を通り過ぎようとした。 そうして、予想通り手を捕まえられた。 「何?」 顔を上げる。 だが、予想したのとはかなり遠い表情をしていた。 「分かり辛ぇんだよ、一々」 なにが、と言う前に顎を取られ、問答無用で口を塞がれた。 煙草の微妙な残り香が舌に絡んで、それが意外と悪く無いと思える自分は、もうだいぶ頭がおかしくなっているのだろうな、と思った。 to be continued?

続き物を書いているうちに端と思いついたネタ。 日付的に都合が良いので先に書き上げました。 …まぁ、あれです、詳しくは言うまい。笑 2010/02/14