※一部分を書くために山ほど文章を付加してしまった悪い例。パロとパラレルは違うと思う。


壜の中の永遠

退廃的、と言えば退廃的なのかもしれない。 自分を取り巻く環境について漠然とそんな風に思っていた。 このご時世に召使なんぞというものを抱え込んでいるような家はそうそうない。 明治の混乱期に一気にのし上がった元弱小華族は、昭和になった今では権勢を誇る大財閥家になっていた。 とはいえ、どんなものにも盛衰が存在する。 この家は少しばかり傾いているように見えた。 現当主は長患いでもう先も長くないだろうし、残されるのは長男と年の離れた二人の妹達、それと何名かの召使だけだろう。 既に先代の若い頃から不穏な空気が存在した。 景気がどうにも良くない。 それも国内だけの話ではなくて、外国から押し寄せた恐慌の波が日本を襲ったのである。 恢復は早かったのだが、その為に色々なことを犠牲にした。 本当に、色々なことを。 どうにもきな臭いね。 そう言ったのは当時中等学校を卒業したばかりだった長男である。 戦争戦争また戦争と勝ち続けてきた我が国も、どこか、翳りが見え始めていた。 ―――少なくとも彼にはそう見えたようだ。 それから彼は数年間外国に留学し、最新の政治学やら経済学やら、ありとあらゆる物を学んで帰ってきた。 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ。 この家の余る富がその途方もない周遊を許した。 最後に立ち寄ったドイツを半年ほどの間に引き揚げてきたのは、丁度ヨーロッパで戦争が始まろうとしていたからである。 本人は「大丈夫だ」と言い張ったが、父親からの再三の勧告についに諦めて日本に戻ることにしたのだと言う。 「面白いものが見られると思ったのだけれど」 戦火が及ぶことについては何ら気にも留めていなかったようだ。 「笑いごとではありませんよ」 最高齢の家令が眉間にしわを寄せながら言った。 「然し帰ってみれば日本も面白い―――いや、違うね。随分と怪しい雲行きになっているようだ」 彼の言葉に家の者は皆黙りこむ他なかった。 怪しい、どころの騒ぎではない。 現に支那では小競り合いが続いているとの話だ。 このままどこぞの租界にでも戦火が及んでしまえば、完全に泥沼の戦争が待っている。 露西亜との戦争ですら思うように勝てなかった物を、どうやって他の列強と戦っていけばいいのか。 さぁ行け、さぁ勝てと煽り立てる新聞を見ても、この家の人間はどこか冷めた目で見ていた。 そんなことよりも、いつこの家が潰れるのか、という方がよほどの重大事だったからである。 「妹達には決して不自由な思いをさせたくないからね。できる限り一人で何とかするよ」 決して丈夫そうには見えない痩躯でそう言うものだから、思わず「無理はなさらないでください」と言ってしまった。 「無理に見えたかな」 彼は困ったように笑い、それ以降しばらく何も言わずに窓の外を眺めていた。 「失礼なことを申しました。お許しください」 頭を下げるのは別に初めてではない。 そしてその度に、 「別に怒っていたわけではないんだよ」 と顔を覗きこまれるのだ。 「………」 どういう対応をすればいのか分からずいつも微動だにできない。 「気を遣わせて悪いね、門田。でも本当に大丈夫だから」 そして俺は静かに思い返す。 この人の大丈夫が大丈夫だったためしなど、殆ど無いに等しいのだと。 / 「いつも思うんだけどね」 椅子に体を預けて臨也は言った。 「何だ?」 左足の甲から指先にかけてを湯に潜らせながら洗う。 白い肌に薄らと骨格が透ける。 その造りを、とても美しく感じた。 骨の隙間を指の腹でなぞってみると、指先をぎゅっと折り曲げて、足首から僅かに跳ね上げる。 「君って意外と―――というか、思った以上に偏執的だね」 土ふまずに親指をかけたところでついに問題の単語が飛び出した。 偏執的。 自覚はあまりないのだが、もしかするとそうなのかもしれない。 「そうか?」 指の付け根を親指で押し洗う。 「うん。今だって随分と拘りをもって仕事に取り掛かっているみたいだしね」 そう言って、さっきまで湯につけっぱなしにしていた反対側の足先で軽く頬を掠めた。 ぬるま湯が少し付いたが、気にはならなかった。 「…造りの精巧なものは大事に扱うものだろう?」 足首に唇を寄せた。 水気を含んだ皮膚は柔らかく、温い。 「ふふ、どうやら君は本物の変態みたいだ」 見上げると、臨也は困ったように眉を寄せて口元だけで笑って見せた。 その顔がいたく艶めかしく、一瞬我を忘れかけた。 「…お前も似たようなものだろう」 誤魔化すように手元に視線を戻した。 若旦那様相手に随分とぞんざいな口の利きようである。 他人が居ないときにしか、そんな恐ろしい事はできない。 「うん、そうだね。そんな君のことを好いているのだもの、同罪だ―――」 盗み見たつもりが、はっきりと目を合わされてしまった。 瞳の中に何が潜んでいるのか、さっぱり見せようとしない癖に。 踝をなぞると、微かに抗議の声が上がる。 「罪、か」 俺の呟きを聞き逃す訳もなく、 「でなければ、何だろうね」 と薄くも柔らかい唇を歪めて言った。 / 「日光を遮るためにこの硝子には色が付いてるんだよ」 茶色がかった小さな壜を片手に、博識な若旦那様はそう言った。 「日が当たらないのは寂しくないのかな」 その周りで遊んでいた舞流様が言う。 「暗…淋…」 椅子に座る若旦那様の腿に甘えるように九瑠璃様は頬を寄せた。 「あークル姉ずるいー」 ぱたぱたと駆け寄って同じように足下に飛びつく。 「まったく、お前達は…」 優しく笑い、壜の中を覗き込んだ。 「この中にはね、光が当たると壊れてしまう物が入ってるんだよ」 空いた手で年の離れた妹達の頭を撫でる。 微笑ましくも美しい光景だった。 「だから、壜の中に閉じ込めておく事で、長くその性質を留めておけるようにしているんだ」 カーテンが風で揺れる。 影が揺れ動く様は、どこかおどろおどろしい物を想像させた。 「イザ兄すごいね、何でも知ってるね」 妹は側に座り込む姉の方を見て同意を求める。 姉の方はこくこくと頷いて、同じようにきらきらした目で尊敬する兄を見つめる。 本当に綺麗な、一枚の絵画のような情景なのだが。 「色々なことを知っていれば、いつか役に立つ物だよ。九瑠璃や舞流の為にも、この家の為にも」 お前の為にはならないのか。 喉まで出かかった言葉を飲み下し、静かにその光景を見守る。 いつまで見ていられるのか分からない、貴重な姿なのだから。 ふと彼の視線がこちらに留まる。 何だ。 声に出さずに返すと、 「俺には出来ないからさ。代わりに詰めといてくれないかな、門田」 壜の中の液体が揺れる。 「残念ながら、私にも出来かねますね」 こんな世の中で、誰が、幸福な時間だけを留めておくことが出来るというのだ。 「何…詰…?」 「うん? 何でもないよ。門田との秘密だから」 「えー 門田さんはずるいなー」 壜に詰める代わりに、記憶の中に沈める。 色褪せないように、変質しないように。 光の当たらない奥底にしまい込む。 「あ、飛行機だ!」 舞流様はぱたぱたと窓辺に駆け寄る。 吊られて九瑠璃様も窓の方に歩いて行く。 「秘密、な」 十分に距離が出来たのを確認して呟く。 「秘密、だよ。あの子達には、内緒」 悪戯をする子供の様に笑って見せたが、どこか疲れた色が抜けない。 「俺にも、内緒か」 「君に隠し事が出来るとは思わないけれど」 どうして俺には力がないのか。 歯軋りしたいぐらい悔しかったが、顔にはださなかった。 飛行機のエンジンが凄まじい音を立てて上空を通過する。 硝子壜越しに妹達を見つめる彼の視線はどこまでも優しく、虚ろだった。

雰囲気です、雰囲気で何となく察して下さいです。 ついったーで執事門田さんの話がでて 足フェチって話も出て それが書きたいあまりの 昭和パラレルという。 情熱が変な方向に突っ走っていったよ…。 2011/02/05