喘ぐ姿がぼんやりと視界を占めて
それが白昼夢で無いことも何となく
知っていたのだが

―――陸の上の魚は、白い喉元を晒して空気に溺れていた

溺れる陽炎

「暑い暑い暑い暑い。ねぇドタチン、暑い」 今にも死んでしまいそうだと主張する声。 掠れた喉が、縺れる舌が、さっきから同じような事ばかり彼に言わせている。 「一々言わなくても分かる」 第一、俺だって死にそうなぐらい暑い。 じわじわと蝉が喚く。 一匹一匹はほんの一週間の命かもしれないが、その種としての存在期間は意外と長い。 早く蜩の鳴き声に変わらないかと思いながら、休みの終わりを告げられるのは苦痛だろうなとも思う。 何せ、今日やっと休みに入ったところなのだ。 大して面白い評価が付くわけでもない通知簿を鞄に突っ込んで、暫しの休みを手に入れた感慨に浸っている。 しかし暑い。 七月の末の方とは言え、例年はこんなに暑かっただろうかと首を傾げたくなる。 それこそ、暑中のピークと並ぶかそれ以上の熱気なのだ。 「水がもうぬるま湯になってるんだけど」 中身の四分の一程しかないペットボトルを振りながらぼやいている。 「仕方ないだろ、夏なんだから」 半分は自分を納得させるために呟いたのだが、駄目だ、一切納得できない。 冷静さを保つための思考能力がずるずると溶けて落ちていく感触。 高温多湿環境には適応しておりません、だ。 「やだ、納得できない。それはそうとドタチン、ちょっとコンビニ寄って良い?」 ぱたぱたとシャツの裾をはためかせながら言う。 「ああ、俺もそう言おうと思ってた」 このまま炎天にいたら、何か良からぬ事を思いつきそうだったから。 / 「あー、やっぱりこうなるって分かってたけど」 実際に起きてみるとやっぱりイラッとくるよね。 文句を言いながらしゃくしゃくと棒付きアイスを囓る。 涼しげな水色。 手の甲を伝う透明な液体が、ぽたぽたと地面に落ちて染みを作る。 「そりゃ、そのタイプはどうしようもないだろ」 炎天下で食べるアイスは驚くほど素早く溶ける。 それを見越して俺はモナカにしたのだが。 「分かってたよ。でもさっぱりした味のが食べたかったんだから仕方ないんだよねぇ」 やれやれ、と溜息。 溜息を吐きたいのはこっちだ。 「なら文句を言うな」 最後の一口を飲み込む。 冷たかったのはよかったが、少し後味が甘すぎる。 「はいはーい」 目に涼しい水色は、もうあと一欠片ぐらいしか残っていない。 平たい棒を伝って滴る液体は、彼の指やら何やらをべっとりと甘くしていることだろう。 「あー。美味しかったけどべったべただ…」 棒を口に銜えて手を閉じたり開いたり。 太陽が反射しててらてらと光る。 「ねぇドタチン、ティッシュ持ってな―――」 甘い。 それもそうか。 零度以下の状態で甘さを感じるように作ってあるのだ。 体温近くまで温めば、当然甘さも増す。 「あの さ ドタチン」 浮いた骨と骨の間の窪みに溶けたアイスが溜まっていた。 そのまま、手首の辺りまで。 掌の方を舐めると微かに汗の味。 「その」 べったりと水色に染まっている中指を食む。 「っ…おねがい」 せめて 日陰で どろどろに溶けた脳味噌が、言葉の意味を上手く取りかねる。 続きを言いかけてはやめる臨也の唇が、透明に光っている。 暑い。 どうしようもなく、暑い。 「シャワー、貸してやるよ」 息を上手く吸えないでいる、縋るような眼差しが語る。 零れる呻き声が妙に卑猥な物に思えた。 「とける」 殆ど声にならない吐息のような空気の振動。 熱気を揺らして、鼓膜の内側に滑り込む。 焼けたアスファルトの上に、ぽつんと白っぽい棒が落ちていた。

箍がしっかりしている人ほど外れたら何するか分からないかなっておも… いや、すみません、色々すみません。 お父さんなドタチンも好きですが 男なドタチンも好きです。雑食。  暑いのが 悪い   さぁよしこさん、もう逃げられないぞ。^^ 2010/07/11