※ドタイザ。色々前提が多すぎる。

Träumerei

『ドタチンだけは、無条件に俺に優しくしてくれるからね』 臨也はそう言って、傷だらけの顔で笑った。 何だかよく分からないが、そんな顔で見て欲しくなくて軽く頭を撫でた。 夕陽が朱かった。 そうか。 夕方だったんだ。 屋上で、―――季節がわからない。 春だろうか。 秋かも知れない。 兎に角臨也は そうだ 泣いたんだ。 触れたところからぼろぼろと崩れ落ちてくように 臨也は 泣いた――― / 目が醒めて、漸くそれが夢だったのだと気が付いた。 何度も見ている筈なのに、その度に忘れる。 いい加減、夢なのだと気付かなくてはいけないのに、つい、忘れて仕舞う。 何度も何度も、同じ事をして そして永遠に解決の糸口を掴むことが出来ないままだ。 あの時の俺はとても浅はかだった。 とはいえ、今の自分が少しは物を考えるようになった、という訳でも無い。 未だに、それ以外の選択肢を選べずにいる。 選ぶどころか、抑も思いつきもしないのだ。 所詮は、夢だ。 同じ事を繰り返す以外にどうしようも無い。 どうしようも無い事ばかりだった。 俺はただ傷付けずに触れることを許されていた。 それだけだ。 それ以上の何かでは、なかった。 今も、違う。 でも、別にそれならそれで構いはしない。 俺の要求すべき所の物は、みんな既に満たされている。 元々、人に何かをして欲しいだとか、そういった欲求に駆られない質なのだ。 『時々さ、怖くなるんだよ』 何時だったか、臨也が言った。 何が、と聞き返すと彼はしまったなぁ、という顔をしていた。 口に出すつもりではなかったのだろう。 聞かなかった振りをしてやらなかった事を、少しばかり後悔した。 『ドタチンはさ、俺に何かしてくれとか、そういったこと言わないでしょ』 してもらいたいとは思わないからな、と言ったら 『俺って、君にとって必要かな』 と真剣な目で訊かれた。 必要ないか、必要かで聞かれたら、やっぱり必要なんだと思う。 何かをして欲しいから必要だとかそういうような物では無くて、もっと本質的に。 恐らく遠慮の要らない友人として。 「俺さぁ…大体ああしてくれ、こうしてくれって言われる事の方が多いんだよね」 アイスコーヒーに突っ込んだストローを掻き回しながら言う。 臨也は真面目な話をしたいとき程、手遊びをする。 さも、大事な事ではないかのように切り出すのだ。 「そうなのか」 こちらも、別段気にしていないように言う。 それが礼儀という物だろう。 「笑ってくれ、愛してくれ、罵ってくれ、踏んでくれ―――って」 挙げられた具体例の幾つかに引っ掛かりながらも平静を装う。 特に最後。 どんな要求されてるんだこいつは…。 「ああ、でも頼まれてるうちは未だ良いんだよ。はなから命令される時もあるし…あ、ごめんねドタチン」 彼は苦笑いで誤魔化したが、テーブルの上の拳はきつく握られていた。 『そういった』話をしても良いのかどうか、彼の中ではまだ量りかねているようだ。 俺としては、別段、抵抗はなかった。 普段もっとどぎつい連中と付き合っているからか、大方のことでは驚かない。 話として聞くだけであれば、一向に問題は無かった。 「別に良いさ。…それで?」 緩く続きを尋ねると、どう話したものかと考えるような空白ができる。 コーヒーショップの店内BGMが耳を素通りしていく。 壁一面のよく分からないアートは、やっぱりいつ見ても分からない。 内装のコンセプトは理解しかねるが、BGMとは合っているのかも知れない。 珈琲に口を付けながら思う。 「…俺の事、どうにかしたいって、思う?」 一瞬、何事も無く耳を通過しかけて、引っ掛かった。 どういう意味で。 顔を上げると、困り果てたような顔の臨也がこちらを見ていた。 「どうにか?」 声が裏返らなかったことが奇跡に近い。 カップを持つ手が震えないか心配だ。 「俺って、良くも悪くも放っておけないんだってさ。…何かされたい、何かさせたい、何かしたいって思わせるんだって」 誰に言われたのかとか色々聞きたいことはある。 しかし、それよりも。 自分がどう思っているのか分からなくて戸惑った。 「ドタチンはさ、俺の事殴りたいとか思わないの?」 多分、それは違うと思う。 腹が立ったとしても、殴ろうとは思わない。 「…優しいね、ドタチン。大体の人は殴りたいって言うのに」 「聞いた相手が悪かったんだ」 やっと冷静さを取り戻した。 宙に浮いていたカップから一口啜り、テーブルの上に戻す。 「じゃあ、もっと違う事は したい?」 視線が酷く絡むようだった。 絡んで、解き方が分からなくなってしまったように――― 「………臨也」 「…ごめんね。訊き方が悪かった」 そう言ってまた誤魔化すように笑った。 高校に上がる直前のことを思い出しては 半端に忘れる。 夢に見て、でも起きた瞬間には朧気な輪郭だけが残って居る。 忘れたふりをしたい訳では無く、臨也を困らせるつもりも無かった。 だが、未だきちんと自分の中で解決されないまま 何度も夢の形を取って俺を追い回す。 人間である以上 過去からは逃れられないのだ。 それは俺にも、彼にもどうしようもないことであった。 「…俺は別に、後悔している訳じゃない」 溜息と一緒に吐き出したのは紛れもなく本音だった。 「ドタチン?」 戸惑うような声音が、あの時と被って仕方がない。 「一度だって、後悔した事なんてねぇぞ」 それだけ言って残り一口だけの珈琲を流し込む。 相変わらず緩いボサノヴァが流れ続ける店内で、二人とも押し黙って口を開こうとしなかった。 何か考えている訳では無く、単に言うべき言葉がなかっただけだ。 「…優しいね」 絞り出すように言って、臨也は俯いた。 今にも泣き出しそうに見えたので、思わず視線を逸らす。 臨也のこういう所に、俺は弱かった。 どこか隙の多い様子ばかりが目に付く。 つい、手を伸ばしてしまうのだ。 それが 何の解決にもならない手だったとしても 「さあ…どうだろうな」 最後の呟きは、自分に。 隣から珈琲の匂いが漂ってくる。 すっかり空になってしまったカップを眺めても、何の答えも出はしなかった。

まぁあれです。 あんだけほのぼのとした話ばかり書きましたが 私の脳内設定は大層どろどろしてるんですよ、実際。 …というだけの話です。 済みません済みません…。 2010/05/18