午後ティータイム

「ていうかドタチンさぁ、もうちょっと用心しなよ」 やれやれ、と大げさな動きと共に溜息混じりに言う。 その動きが妙に様になっていて、逆に感心してしまった。 まぁこの男は、昔からそうなんだが。 午後の喫茶店は、殆どの席が客で埋まっていた。 まぁ大半が女性客の店内で男二人、というのは少しばかり浮いて見える気もする。 目の前の男は何食わぬ顔で座っているが、余程場慣れしていると見た。 …確かに、こういう店が似合いそうではある。 「用心って、何が」 用心と言われても何に対する用心か、綺麗に目的語が抜け落ちている。 今ひとつ要領を得ない言葉に疑問符が浮かぶ。 「…俺ね、こう見えて警戒されるべき人種なんだよ」 そう、自嘲気味に言うのだ。 ―――またこれか。 こればかりは本人に言ってやった方が良いかどうか迷う。 他人の信条なり何なりに関わりそうなことはなるべくなら言わない方がお互いの為だ。 わかっているから今まで言ってこなかったのだが…。 「…俺も、お前を遠ざけなきゃ駄目か?」 「ごふっ」 飲みかけのカップを勢いよくテーブルに置いて、それはそれは盛大に噎せた。 余りにも酷いので、席を立って軽く背中をさすってやる。 自分では割と上手いこと変化球を投げたつもりだった。 だが彼の反応を見るに、何だかとても大暴投だったようだ。 暫くすると、軽く手を挙げて、もう大丈夫だと示す。 「……ねぇドタチン。君が優しいのは知ってるよ」 半ば涙目になりながらまだ呼吸を整えている。 気管に異物が入ると中々に辛いのだ。 本人は大丈夫だと言ったが、やはり少し気になる。 「でもさぁ、そんなに自分を安売りしちゃ駄目だよ。…ほら、座って」 周りの人が気にするから、と催促された。 確かに何事か、と視線が集まっている気がする。 立ったままだと尚のこと目立つので、仕方なく席に着いた。 「…安売りって、どういう意味だ?」 訊くと、困り顔でまた溜息を吐く。 そのささやかな仕草さえどことなく品が良い気がするのは気のせいだろうか。 何だろう、造作の差か。 「どういう意味も何も…あー、もう。だから大好きなんだ、ドタチン」 そう言って彼はテーブルに突っ伏した。 隣の客がしきりに様子を窺ってくる。 ウェイトレス同士がなにやら囁き合っている。 目立つから、と人を無理矢理座らせておきながら、自分の方が余程目を引く事をしているじゃないか。 「臨也。他の客が心配する」 出来る限り小声で、ひそひそと言う。 「じゃあ場所を変えよう。ドタチンの家、近いでしょ?」 / ねだられると断れないのが、俺の性分である。 それは万人の知るところなのかよく突っ込まれる所でもある。 「とんだワガママ駄目女に引っ掛かってそれでも幸せだって言っちゃうタイプだね」 と有り難くないコメントをしたのはやはり臨也だったと記憶している。 「ねぇ…ほんとさぁ…もうどこから突っ込めば良いか解らないや」 ソファにだらしなく寝そべって、彼は言う。 人様の家でよくもまぁそれだけ寛げるものだと思うが、ここに来ること自体結構な頻度なので最早慣れてしまったのかもしれない。 「俺も全くお前の言いたい事が解らない」 戸棚からインスタントの珈琲を出す。 「お前も珈琲で良いか?」 問いかけると、やや間があって 「紅茶が良いな」 と返事があった。 面倒だとは思ったものの、確かティーバッグの紅茶を買った気がして戸棚を探す。 そんな様子を見ていたのかいなかったのか 「…お人好しすぎるよ、ドタチン」 と不満げにぼやいた。 「いや、おかしいだろ。お前が紅茶って言うから探してやってるのに何だその言いか…あ、有った」 賞味期限もまだ大丈夫そうである。 パック取り出していると、背後でぺたぺたとスリッパの音がした。 振り向いたら、腕を組んで壁に凭れ掛かっている臨也とばっちり目が合った。 「…普段紅茶なんか飲まない癖に、何で置いてるんだよ」 そんなに奥の方に仕舞い込んでるのに、と口を尖らせる。 とても鋭い指摘だ。 確かに、普段はインスタントの珈琲しか飲まない。 「前に来た時に『紅茶すら置いてないなんてあり得ない』とか言いやがった奴が居るからな」 カップの中にパックを放り込んで熱湯を注ぐ。 「ほんっと…」 呆れたように言いかけて、でもその先は言わなかった。 彼なりに思うところがあったのだろうか。 自分のカップにミルクを入れて混ぜる。 本当はあまり好きではないが、最近胃が荒れているような気がするのでブラックは控えているのである。 「砂糖もミルクも要らないんだったな?」 確認のつもりで訊いたのだが、 「うーん…今日はどっちも欲しいな」 予想外の返答だ。 「珍しいな」 ぱっと見た感じ余り変化はない。だが、 「いつも同じじゃ飽きちゃうだろ?」 そう言った声音が、幾分か甘えたように聞こえたのは俺の聞き間違いという事にしておこう。 「そうかい。まぁ確かにお前ぐらいころころ変わる方が面白いけどな」 「馬鹿。格好良すぎるだろドタチン」 両手で顔を覆って叫ぶ。 そういう演技過剰なところも含めて、十分愛嬌のある奴だと思っている。 でなきゃ、高校の段階で既に距離を空ける努力をしていた筈だ。 「はいはい。ほら、持ってけよ」 トレーを差し出すと渋々受け取り、 「でもみんなに優しいのはちょっとやだなぁ…」 とぶつぶつ言いながら出て行った。 お前だって人間全てを愛してる、とか言う癖に。 そう思いながら、決して口には出さなかったのだが。 ―――久々に淹れた紅茶は、見慣れない妙に澄んだ色をしていた。

ドタチンはとてもいい人だと思います。 強いし性格も良いし、何だただのいい男か。 とってもうほっなリクエストありがとうございました。笑 2010/01/31