※合同誌に載せようと思って、カットしたパート。



夜と黒煙 side SS

「君とこんな時間に会うなんて珍しいねえ!」 珍しくネオンサインの煌々と灯る時間である。 何ヶ月ぶりのことだろうか。 下手をすると何年単位かもしれない。 記憶が無いぐらい前の話だから相当だ。 「お前が外に居る事が少ないからじゃねぇか?」 「まぁそう言ってしまえばそうだよね。セルティが居る間は少なくとも家の中で過ごしてるんだもの」 仕事に追われて家に居る時間が限られているからこそ、彼女が家に居る間は一分一秒たりとも無駄にしない。 恋人として有るべき姿である。 実に模範的だ。 「惚気は余所でやれ」 面倒くさそうに返された。 「ええ、酷いな。数少ない友人の一人なんだからそのくらい聞いてくれよ。他に言える人も居ないんだからさぁ」 「…そうかよ」 ぶすくれている。 そもそもが愛想のない男なので、それ以外の表情を期待する方が間違っているとも言える。 「ああ、でも臨也なら面倒くさそうにしながらでも聞いてるふりはしてくれるかな。 話の大半が素通りしてるはずなのに、聞き返したらちゃんと答えられるんだからおかしな物だよね。要領が良いのか何なのか…」 静雄はなんとも微妙な表情になった。 言ってから、ああしまった、と思った物の訂正するのも何だか妙なので大人しく向こうの返事を待つことにした。 因みに『この件』に関してセルティはもっと積極的に関与している。 彼女は完全に土台が静雄に偏っているからそういう対応になるのだ。 ―――正直少し面白くない。 『友人としてだ、友人として、何とかしてやりたいとは思わないのか新羅!』 彼女の熱弁する姿はそれはもう芸術的なまでに美しい訳だが、話の中身が中身なので今ひとつ感動が薄い。 それに、単に友人の恋を応援してやればいいという物でもなくて、もう一つ私には面倒な問題が存在する。 彼の懸想相手というのが何を隠そう、私のもう一人の友人なのである。 更に厄介なことに、もう片方の友人の方は 『は? シズちゃん? 冗談にしては趣味が悪すぎないかな、新羅。あんな奴に愛される位なら死んだ方がマシだな』 と豪語しているのだ。 友人を大切にしなさい、という言葉に忠実であろうとすればどちらかに偏るのは良くない。 だから双方と長い付き合いで有りながら、 今の今まで「諦めろ」と説得することも「受け入れろ」と諭すこともなかったのである。 傍観。 それが一番正しい俺の立場である。 「………あいつ、最近見かけないな」 やっと返ってきたのはどうにも返事に困る一言である。何せ、俺は散々見かけているのだ。 「そうなの?」 「ああ。俺に会いたくないんだろうなぁとは、何となく分かるんだけどな」 …分かっていたらしい。 この男は昔から妙に鋭い割に、あと少しが足りないが為に物事を解決し損なっている気がする。 「へぇ、そうか。僕の所にはたまに顔を出してたからおかしいなって思ったんだよ」 またあの微妙な顔だ。 …なんだ、きちんと分かってたんじゃないのか。 成る程、自分が言ったことをきちんと理解できてないから自力で解決できないのか。 「そうなのか。…何か、したかな」 聞いている方がむず痒くなる。 自分も大概他人を痒くさせるような惚気をしている自覚は有るのだが、静雄の場合は特に意識してやっている訳では無いようだ。 それなのに言葉の端々に恋慕の情が滲んでいるから質が悪い。 寧ろ、これで気付かれていないと思っているなら問題だ。 それとも喧嘩している上っ面で何もかも誤魔化せるとでも思っているんだろうか。 「さぁ…単に気分じゃないの?」 こっちも段々面倒になってきて適当な返事をする。 気分って。 そんな投げやりな答えが有るもんか。 そりゃ臨也が割に気分屋なのは確かだ。 しかし、彼が全くの考え無しに数日間も気を遣って行動することなんて先ず有り得ないと言って良い。 この狭い池袋の街で、異常に鋭い嗅覚を持った静雄と一切会わずに彷徨くには相当な神経を使うだろう。 まさか移動全てにタクシーでも使ってるんだろうか。 何れにしても、臨也にそこまでさせるような理由なんて今の自分には見当も付かなかった。 「…それもそうか」 「ところで新羅、何で今日は外にいるんだ?」 話題を唐突に変えられて少し驚いた。 彼の中では自然な事だったのだろうが、思索の海に浸りつつあった僕には随分と急に感じたのである。 「なんでって…そりゃ幾ら俺でも買い出しに位は出るよ」 と言っても真昼のスーパーなどではなく、 ごく近所にあるコンビニなんかで済ませてしまう典型的な出不精ではある訳だが。 「じゃあまだ買ってないんだな」 俺が何処にもコンビニの袋を下げていないのを確認してそう言った。 「まぁ袋を下げてなければそういう事だよね」 空いている両手をひらひらと振ってみせた。 「そっか…邪魔したな」 「ああ、別に気にしなくて良いよ。最初に声を掛けたのは俺の方だしね」 「悪いな。じゃあ、またな」 軽く手を挙げて歩き去った。 黒い服に明るい金髪の後ろ姿が小さくなるまで、ぼんやりと眺めていた。 「嘘じゃないんだけどね」 独り言だ。 「騙してる訳でもないと思いたいんだけど」 けれど、セルティからすると不義理な行為に見えるのではないだろうか。 そんなことを思いながら歩き始める。 「好意の質が違う、とでも言えば良いのかなぁ。あーあ…上手い言い訳が思い付かない」 セルティの心を煩わせているという点に於いて、全くの他人事ではない。 しかし、だからといって彼女の言うように『なんとかしてやる』ことには同意できない。 それが、臨也に対する義理の情からなのか、静雄に対する嫉妬心からなのかは判然としないのだが。 「まぁ、人の心を操作しようっていうのは間違ってるからねぇ…」 愛に愛が返ってくる保証なんて何処にも無い。それを承知の上で、人は好きだの何だの言っているのである。 「たった六、七年の片思いで他人の手を煩わせるなんて」 ―――それは世界を甘く見すぎている。 ポケットの中の鍵に手が触れる。 「…けどセルティは友達想いだからついつい手を差し伸べたくなってしまうんだろうけどなぁ。 はぁ…やっぱり妖精だなぁ。天使だなぁ。そういう心の優しいところも大好きだよセルティ!」 目の前に居もしない最愛の彼女に、惜しみない愛の言葉を贈る。 優しくて美しい、私の怪異――― 「ああ、全く面白くないよ他人の恋なんて」

原稿用に書いてざっくり削除したパートを再利用。 静雄→臨也 前提の新羅と静雄の会話っていう。 臨也とセルティの会話と対にしたかったんですが頁の都合で…笑 貧乏性ですみません。 新羅は決して「いい人」じゃないだろうな、という、そんな話です。笑 2011/03/04