閑話休題

「全く、君という奴は不思議な生き物だよ」 折角入れた珈琲が冷めたことに対しての抗議の代わりに言った。 「どこが?」 まぁ、代金は貰っているのだし、あばら骨の折れた人間を放置するのも何となく後味が悪い。 珈琲はまた淹れ直せばいいだけの話だ。 「人間が好きだと言いながら、特定の誰かは愛せないなんてさ」 そう言うと、少し困ったように笑い、言葉を紡ぐ。 「それは別問題だね。人間という集団、サンプルとしての個体、それ以外考えられないだけで」 「なら、君はどこにいるんだい?」 唐突に聞きたくなった。 自分の観察の結果が正しかったのか、答え合わせをしたくなったのだ。 飽くなき探求心こそが、人類進歩の理由だと信じている。 「俺?…そうだなぁ…蚊帳の外、かな」 半分は予想通り。 「人間じゃないって?」 さて、せめて神様気取りでないことを祈りたい物だが。 「人間さ。けど愛せる自信はないな。好きではあるけど」 これは予想外。 てっきり自分を殊の外愛しているのだと思っていたのに。 「てっきり静雄だけが例外かと思ってたよ」 名前を出せば、いつも通り嫌そうな顔をする。 一拍おいて、醒めた笑顔を作り、 「ははは、そんな訳無いだろ。―――あれは―――シズちゃんはさ」 「心の底から嫌いだ、なんて嘘はもう良いからね」 大げさな身振りで演技をする、彼の言葉に割って入った。 「嘘?」 こんな時だけ子供のように純粋な目をする。 「そう、嘘。―――君がどう思っているかは知らないが、はっきり言って君の態度は」 「別だよ。―――シズちゃんだけは、別。人間じゃないもん」 今度は私が割って入られる番だった。 ―――彼は言わせなかったのだ。 最後の言葉までは。 「そりゃ確かにあの身体は最早人間ではないけれど」 メスが折れるような身体を、人体とは呼ばない。 或いは弾丸が貫通せずに、ちょっと痛がる程度の男を人間だとは呼べない。 「じゃなくてさ…単純すぎるの。世界をすっきりさせすぎなんだよ」 なんだ、メンタルの話か。 「ああ…悩んでいる人間を更に悩ませるのが趣味だもんね」 弱くない人間は「愛せ」ないって? 「あはは、その言い方じゃまるで俺が悪人みたいじゃない」 とても愉しそうに言う。 彼は時に偽悪的だ。 いや、本当に悪い部分も有るのだが、それを自ら強調するような… 「寧ろそれ以外だとでも?」 軽口で返す。 彼の虚飾を指摘するのは、自分の仕事ではない気がした。 「俺は悪人じゃないさ。但し善人でもない。透明で、平凡な人間さ」 その言い方が既に、マイナスに偏っているのである。 「性悪説論者かい?」 全ての人間が彼のような男であれば、それはもう、誰だって性悪説を証明してしまう。 ただ、性悪説自体唱えられることもなく、人間とはこういう物だ、と皆が達観してしまってもいる訳か。 …居心地の悪そうな世界だ。 「善悪じゃなくて、好き嫌い…或いは快不快だけの話だからね」 やはり、或意味でとても純粋に育ったと言うべきかも知れない。 極端な捻くれ方をしている、とも言えそうだが。 「君は大概、社会の為に死ぬべきじゃないかな」 闇医者とは言え、命を預かる人間にしてはやや軽率な発言だったかも知れない。 「お褒めにあずかり光栄だ」 だが彼はそれすらも満足げに受け止め、ここを後にした。 こうして毎度毎度飽きもせず、身体を壊してはここに来る。 そしてその実に九割以上の損壊は、彼の「大嫌いな」男の手による物である。 「ほんと…歪んでるよねぇ…」 長い付き合いだが、こちらも飽きることなく傍観し続けている。 傍観、し続けている。 「まぁ、僕も大概な物か」 すっかり冷たくなった珈琲を、一口啜った。

新羅たんと臨也がうっすら。 この二人はとてつもなくドライな関係だと私が愉しい。 お互い一番じゃない感じがとても良い。笑 2010/01/18