このまんま、ここに埋もれて生きて、死んでいきたいと思っている。
命を賭けて喧嘩して、一生懸命殺し合って。
シズちゃんを嫌いじゃない俺を、もう思い出せない。


夕闇に沈む

横に薙がれた電柱をひょいと飛び越えたところへ、鉄製のごみ箱が容赦無く飛んで来る。 ……やれやれ、軽くいなしてるように見えてるだろうが、これで結構疲れるんだぞ。 身を屈めて鉄塊をやり過ごしたところで、いつの間にか間合いを詰められていた事に気付く。 まずい、と思う間もなく空を切って差し出される拳。その憎しみを全身で受け止めながら、すんでのところで身体を捻って躱した。 「危ないなぁ」 咄嗟に跳び退がり、距離をとる。 「シズちゃんはさ、そうやってすぐ暴力に訴えるよねぇ。ほんっと、単細胞」 煽り文句。ついでにナイフをちらつかせると、シズちゃんが動きを止めた。 「俺を殺すなら殺すで、もっとスマートに処理出来ないの?……ああそっか、シズちゃんだもんね、そりゃあ、はは、無理な注文だったよねぇ、くくっ、ごめんごめん」 肩で息をするシズちゃんの目付きが鋭くなる。 でも、俺を満足させるにはまだ、足りない。 「それにしても、暴力的な手段しか使えない癖に、いつまで経っても俺のこと殺せないんだねぇ、シズちゃん。 殺す殺すって、いつも口だけだもんねぇ?ま、所詮は馬鹿ってところかなぁ。あっははは」 「調子乗ってんじゃねェぞ、臨也クンよォ」 そう、その目だ。 「なに?今日こそほんとに殺すって?出来るのかなぁ、シズちゃんなんかに」 言い終わる前に、今度は馬鹿でかい看板が飛んで来て、俺はまた、凭れていたコンクリの壁もろとも粉々にならないように、横っ跳びに避けなくてはいけなかった。 同時に、喉元目掛けて突き出された鉄の棒もぎりぎりでいなして、そのまま、今度はこっちから間合いを詰める。 鉄の棒が首を掠って熱い。 ああ、そうか。俺、今、生きてんだ。 くく、と思わず笑いが漏れる。自分の口角がいつの間にか上がっていた事に気付いて一瞬、悪寒とも快感ともつかぬものが、ざわり、と背筋を駆け上がった。 俺がナイフごと突き出した右手がシズちゃんの左手に掴まれるのと、俺の左袖に隠してあった折り畳みナイフがシズちゃんの喉元でぱちんと音を立てるのとは、 殆ど同時だった。 瞬時の判断で左手を袈裟に払う。 が、シズちゃんが弾かれたように飛びのく方が僅かに早かった。 笑いたくなるような大きな音を立てて、俺の足元に鉄柱が転がる。次の瞬間、右肩に衝撃を感じて、俺も斜め後ろに距離をとり、何とか体勢を立て直す。 遅れて右肩に激痛が走り、流石にナイフを取り落とした。 シズちゃんの蹴りを喰らったわけだから、せいぜい骨の一箇所くらいは砕けたんじゃないだろうか 、なんて他人事のように考えながら、それでも、届かない距離で突っ立っているシズちゃんからは目を離さない。 喉元を庇った右手の甲から鮮血が溢れるように滴っている。ゆっくりと右手を下ろす。見つめて、ぞっとするほど静かに呟いた。 「……痛ぇ」 「残念だなぁ、こういうの、今日限りにしたかったのになぁ。シズちゃんもしつこいねぇ」 「しつこいのは手前だノミ蟲」 「あれぇ、そのノミ蟲一匹殺せないのは誰だっけ?シズちゃんは、蟲以下かぁ」 「臨也アァァ」 来る、と思う前に踵を返していた。 角まで走って、振り向きざま、停めてあったトラックの積み荷の紐を切る。 そう、まだ殺られるわけにはいかない。 たとえ、いつかそんな日が来るのだとしても俺はまだ、繰り返したい。この高揚感に飽きるまで。 鬼のような形相で迫ってくるシズちゃんの真ん前で、がらがらと崩れ落ちる段ボールの山。 「ふ……はは、ははは」 ぱちん、とナイフを仕舞って背を向ける。ニィと口元に零れる笑みを止められない。右肩の痛みなど、もう忘れている。 歪んでいるのだろうか。だとしたら、この街ごと歪んでいるのだ。何もかも、空も、地面も、空気も、季節も、人間達も、みんな。 もうひとつ角を曲がって俺は、雑踏に流されるように、夕焼けを背にして歩き出した。 一体どこへ行こうとしているのだろう。俺達を飲み込んで、押し流して、変わっていく、池袋という途方もないこの街は。 ねぇ、シズちゃん。数多の人間達に紛れて、生きて死んで……確かなものなんてない、まるで砂漠の砂の一粒のようだ。 ただ、たった一つこれだけは、深く深く刻み付けておきたい。これだけが、昔も今もこれからも決して変わらない、俺の、 「大嫌いだ、シズちゃん」 不確かな街で生きる存在の曖昧さを埋めるように、もうすぐ訪れる夜闇に紛らせて、そっと囁いた。

ほぼ原文儘。 改行はこちらの独断で入れました。 件の秀純のサイトはこちら(別ジャンル/というかドラマジャンル注意) 2010/06/14