捕まえたら、放さない。

Just 3 feet

ほんの数十年前まで国を鎖していたなんて信じられない。 それ程に彼の進歩は早かった。 植民地として列強に切り刻まれるだけだった今までのアジアの国のイメージを覆すような勢い。 嘗ての宗主国であった中国を破り、今や列強と呼べるほどの力を付けつつある。 目下の懸案事項は北方の大国ロシアとの利権衝突だ。 「資金繰りが問題なんですよ」 彼は眉間に皺を寄せた。 「資金繰りかい?…うーん、こっちで何とかならないことも無いけど…」 如何に国民同士で上手くやるか。 予算をどうこうできるのはあくまで国民だ。 「他に頼れるところも無いんですよね…」 そう言われると、申し訳ない気持ちになる。 自分に権限があるなら幾らでも貸してやりたいのだがそういう訳にも行かないのが実情だ。 「上手く資金調達出来ると良いな」 何か言いかけたところに、自分の肩越しに何かを見つけ、 「あ」 と小さく声を上げると、文字通りぱたぱたと駆け寄って行った。 彼は普段なら決してそんな―――彼の言うところの「失礼」にあたるような行動はしないのに。 それだけ気を許されているのかと思うと悪い気はしないものの、多分見つけたのは 「イギリスさん!」 やっぱり。 振り向いて確認すると、丁度見慣れた男が応じたところだった。 今の今までどこで何をしていたんだか知れないような男に、嬉しそうに話しかけている。 本当に、楽しそうに。 或いは、とても幸せそうに。 面白くない。 別に許せないほどではないけど、面白くないのだ。 そもそも、にこやかな笑顔をどうして自分ではなくあの男に向けるのか解らなかった。 俺にはあんなに底抜けの笑顔なんて見せないくせに。 「俺の方が長い付き合いじゃないか」 小さな愚痴も、彼には響かない。 彼に"新しい"世界を教えたのは自分だ。 オランダや中国なんかとはずっとやりとりがあったみたいだし、情報は完全に閉ざされていた訳ではない。 でも、彼を表舞台に引っ張り上げたのは自分なのだ。 或は、彼にとって一番親切な存在だったのも自分であるはずだった。 植民地としてではなく、国家として、国交を持つ為の存在として扱った。 その後も少しずつ対等に扱う努力をしてきた。 他の国との交渉もなるべく手伝ってきた。 暴力を以って相手を服従させ、こき使い、利益を貪る。 それが帝国の流儀であり、旧世界の考え方だ。 そんな横暴が許されて良い訳がない。 そんな不平等で身勝手な考え方がまかり通るなんておかしい。 搾取されるだけの立場なんて間違ってるんだ。 …だからこそ、イギリスと袂を分かつことになったというのに。 (よりによって、なんでイギリスなんだよ) どう考えても、一番危険な相手に心を許しているように見える。 もういっそ恋していると言っても良い位に盲目的に。 帝国主義の代表格みたいなあの男に、だ。 (イギリスもイギリスだよ、締まりの無い顔しちゃってさ) あれが覇権国家だって? 笑っちゃうね、全く。 自分に見せていたような、でもどことなく違うような気もする表情。 身内だと思った相手にはとことん甘い。 国力に裏打ちされた自信が、そんな振る舞いを許すのだろうか。 確かに今もって日本にとって一番頼もしい味方はイギリスかもしれない。 ロシアを相手に戦わねばならないのだとすれば、イギリスの存在は大きな牽制になる。 自分にそこまでの力が無いことは解っている。 でも、冷静に見ればイギリスの覇権は揺らいできた。 日本と同盟を組まなければロシア一つ止められない所まで国力が落ちた、という事を身を以って証明してくれたわけだ。 戦争の質の変化に付いていけていない。 工業だって、自分の方が遥かに伸びしろが有るのだ。 もうそろそろ追い付ける。 (あと、少しなんだよ) 追い付ければ、多分 「待ってろよ、イギリス」 日本は、俺が守らなくちゃいけないんだから。
サルベージ。まぁあれです。別に黒い訳ではないのよ。 2010/08/20