貴方がとても狡猾で素晴らしい頭脳と舌の持ち主だと言うことぐらいよく分かっていますとも。
ついこの間までは敵同士だった相手とも平気で手を組むし、
争わせている双方に武器を売ることも厭わない。
勝った方と何食わぬ顔で手を組もうって言うんでしょう?
それでこそ貴方です。
私が心の底から崇敬してやまない、帝国の中枢の姿なのです。
ですから、私は精一杯貴方に報いましょう。
貴方が私を有益だと判断する限りに於いて、我々の利害関係は一致している訳ですから。
そこに貴方であるという固有性はありません。
貴方でなくとも、今ある盤上で一番有利な側に付く。
自分の利益を守るためになら、寝返りも気にしない。
ええ、それが勝つために必要なことならば私は何だってしましょう。
(最後に自分の首を落とすことになると分かっていても、やらねばならないことだってあるのだ)
さて、貴方が守ろうとしているのは一体何なのでしょうね。
帝国の栄華ですか?
それとも国民の安寧?
違うでしょう?
結局は、貴方のプライド、だ。
―――だって、私もそうだから。
私の矜恃のために様々な物を振り切っていくんです。
何のためにもならぬと分かっているのに刃を研ぎ、銃弾を装填する。
命を浪費する愚行だと分かっているのに勝ち負けにこだわり続ける。
馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?
そんな風にしか生きられない世界に誰が、したんでしょう。
誰か。
そんな誰かが居るのならきっとこのボードの上のつまらないゲームをしたり顔で眺めているんでしょうよ。
ああ、刺し殺してやりたい。
最近はいつだってそんなことばかり考えてしまうのです。
齣想う日々
「随分と調子が悪そうだな、やっぱりこっちの水は合わないか?」
気遣わしげに覗き込んできた男の瞳は私の物とは違ってとても澄んだ翠色をしていた。
「ああいえ、少し寝不足が続いただけですので、お気遣い無く」
いつもの曖昧な笑顔を作り上げて対処する。
上手く誤魔化し切れているのかどうかすらもう私には分からない。
白昼夢のように、妄執のように、私の心に取り憑いて離れない。
少しでも気を抜くと疑念と悪意が巣喰う。
そうではない、と否定したい己と、しかし否定しきれない事を諦めている己が相剋する。
「そうか? ここのところずっと不調そうに見えるぞ。ちょっと休んだ方が良いな―――」
言うが早いか部下を呼んで私を寝室に連れて行くように指示を出す。
―――私が居ては都合の悪い話をするんじゃないだろうか。
また下らない疑念が湧く。
「あの、イギリスさん」
そんな己の内心を一人省みながら、声を掛ける。
まるで、獲物を前に罠を仕掛けるように。
「ああ、どうした?」
ああ、こんなにもこの人は曇りのない目をしているというのに。
「少し付き合って下さいませんか?」
断って欲しかった。
お前なんて眼中にないのだと蹴り飛ばして欲しかった。
そうすればもっと私は単純に、明快に、自分の進路を決められる。
「…に、日本」
ほら見ろ、狼狽えた。
まさかこんな風に私が抵抗するとは思わなかったんだろう。
伊達に長生きしていないのだ。
高々極東の小国と馬鹿にするのも大概に―――
「…珍しい…な、そんな風に…はっきり甘えてくれるなんて」
最後の方は聞き取れない位もぞもぞと発音した。
伏し目がちの睫が忙しなく上下する。
「…あの」
予想だにしなかった方に話が転がって、こちらまで動揺してきた。
一体どうなっているんだ。
「そうだな、偶にはゆっくり紅茶でも飲むか。最近働き詰めだったもんな」
そう言ってやたらと甘く笑うと、退がり損なっていた部下に紅茶とビスケットを言いつけた。
鼻歌でも歌い出しかねない機嫌の良さに、訂正しようという気力が萎えた。
わざわざ相手の気を悪くするのも私の信条に反する。
―――仕方のない人だ。
呆れる反面、これが彼の本心であることを心の奥底で願った。
本当は、利用し利用されるだけの関係ではないことをどこかで望んでいるのだろう。
それがどれ程馬鹿馬鹿しく高慢な望みであったとしても。
抗ってみたかったんです。
神様なんて理不尽なものが、私達で遊ぶことに。
馬鹿みたいでしょう?
日様と大英帝国殿。或いはただの日本と英国。