絶対に、放してなどやるものか。 絶対に、裏切らせなどするものか。 その為に必要なことなら何でもするつもりだった。 実際に、何もかもしようとした。 出来ると、思っていた。 この手に余る騒擾を、これしきの銃で収められると思っていたのは誰だ。

密林と泥沼

余りにも泥沼の戦争に嫌気がさしてきた。 と言っても、自分の感情なのだか国民の感情なのだか、はたまた上司の意見なのか最早分からない。 何れにせよ、「自分」という主体が不安感なり嫌悪感なりを示したと言うことが大事なのだ。 「…いい加減にしなよ」 机上の戦略地図の上には、塗りつぶされた区域が見える。 殆ど大した産業もない。 有るのはただ密林ばかり。 「こんな狭い場所でいつまで粘ってるんだい」 溜息を吐いても、何ら事態は好転しなかった。 少し前にアジアでの戦闘を経験したので、自軍にはある程度の予備知識が有ると思っていた。 俺が、ではないけれど。 当時経済的には酷い有様だったとは言え、列強に名を連ねていた日本を破った。 列強の一角を相手にあらゆる戦場で、勝利を得てきた。 あの「帝国」をこの手で破ったのだ。 自信は、有った。 今回の相手は文明化の度合いも、戦い方も、兵士の鍛錬度合いも、日本の比ではないぐらい低い。 いくら地の利があるとは言え、数には勝てまい。 フランスが放棄したのは、間違いなく資金不足だ。 自分の経済力や軍事力を鑑みれば蟻を踏み潰すよりずっと簡単だろう。 何より。 護らねばならないと言われた。 自分が叩きのめした彼を、護らねばと。 彼を護るために必要なのだと言われては反論が出来ない。 「不愉快な話だな、全く」 地図を伏せて、誰も居なくなった部屋を後にした。 / 「日本まで飛んでくれ」 最近よく行かれますね、と返されて、何となく居心地の悪い気分になった。 「別に、私用じゃないんだぞ」 公用だろうが私用だろうが、好きに使って良い事は分かっている。 オープンチャンネルの外交とそうでない外交が有るように。 自分が誰かに会うということ自体、ある種の仕事のような物なのだ。 「ええ、分かっていますよ。貴方はとても熱心な方だから」 何となくぼかされたような返事にますますしっくりこない。 まだ自分は若造扱いなのかと、思い至ったのである。 彼の―日本の隣には常に偉大なる兄貴分の影が有った。 自分が姿形も無い頃から、彼らは側にいた。 彼は否定したが、恐らく今でも彼にとっては大きな存在なのだ。 自分にとってのイギリスがそうであるように。 本来ならば、位置的な都合も含めて「日本」の復興に使えるのではないかと思っていた。 巨大な市場、広大な国土。 政権「さえ」問題がなければ、だったのだが。 「大体、いつも上手くいかないんだ」 うちの上司が強固に推していた政権は闘争に敗れて逃げた。 今回の戦争だって、上司が推している政権を守るための戦争だ。 …政権なんて物には、とてもじゃないが見えやしないのだが。 「何がですか?」 人がいたことを忘れてぼやいてしまった。 「友達付き合い、かな」 溜息混じりに返事をする。 窓の外に見慣れた景色が広がった。 もうすぐ、着く頃だろうか。 「ああ、そうですか。私はてっきり恋でもなさったかと」 唖然とした。 自分でも納得の行かないことを、まさか言い当てられるとは思わなかった。 「…どういう意味だい?」 無言は肯定に他ならない。 それは自分が負けたような気がして嫌だ。 その一心で何とか返事をした。 「いや、決してお暇ではなさそうなのに熱心に通われるから、好きな方でも出来たのかと思いまして」 少し前なら、俺は博愛主義だから、と答えただろう。 残念ながら現状では「好き」と「嫌い」がはっきりしすぎている。 彼は「好き」だが、彼の兄は「嫌い」でその北側に有る某国も「嫌い」なのだ。 ただそれが所謂恋情と言った物かどうかは判断付けかねる。 というか、恋情だとは思いたくない。 「好きかも知れないけど、まだ分からないよ」 愛だと言うには、少し利害が絡みすぎている様な気がするのだ。 まっさらな状態で「好き」だと言えるなら、それこそが本物の愛である。 そう思っている。 「上手くいくと良いですね」 どう、上手くいけば良いんだろう。 考えて居る間に、到着したらしい。 「帰りはいつになるか分からないけど、緊急の用事があったら呼び出してくれ」 降り際にパイロットに伝える。 別に直接上司に言っても良かったのだが、暫く会話した手前、彼に別れ代わりに言っておこうと思ったのだ。 「了解しました。何か収穫があると良いですね」 そう言って、基地へ向けて離陸した。 「収穫って言ってもなぁ…」 この国の学生によって繰り広げられるデモを遠目に、目的地に急いだ。 / 「そんなに家にばかり来ていて大丈夫なんですか?」 彼の大きな傷は殆ど回復し、日常の動作には一切困らないようになってきた。 今も、お茶を運んだり、蜜柑を食べたりと、とても自由に振る舞っている。 「大丈夫だぞ、俺はこの家が気に入っているからね」 そう言う意味ではなくて、と進言しようとしてくれるのは有り難いが、ちゃんとわかっている。 わかっていて、それでもここに来ているのだと言うことを分かって欲しいのだ。 彼が自分の「お気に入り」だと気付いて貰わなくては困る。 「ドイツさんの方も、大変だと聞きます」 ここのところアジアにばかり足を取られているのを問題視しているようだ、と暗に伝えてくる。 大方フランスにでも何か言われたんだろう。 「わかってるさ。すぐに終わるよ」 我ながら全く真実味が無い言葉だ。 終わらない。 終わりっこない。 何か戦局に劇的な変化が有るか、或いは戦争その物を投げ出すか、どちらかでない限りこれは終わりそうもない。 「…ただ、その。目的があまり」 彼を困らせることは簡単だ。 ここで一言「君のことを思って」と言えばいい。 君が別の誰かの物になるなんてまっぴらごめんだ。 だから止められないのだ、と言ったら何て返事をくれるだろうか。 いつもの困り顔で「ですが…」なんて言うだろうか。 「簡単なことさ、俺はヒーローだから」 だから、君を「悪者」に取られないためなら何だってするのさ。 「奴ら」ととても近い所に居る君を、取られないためにならね。 「…そうですか」 こうして憂い顔の彼を眺めていると、自分という物が全くつかめなくなってしまう。 これは「俺」が彼を欲しているのか「自分」という集合の意志なのか、全く分からなくなってしまうのだ。 戦争が終われば。 「奴ら」とのいがみ合いが決着すれば。 或いは彼への気持ちがはっきりするだろうか。 利害を抜きにして、純粋に彼に向ける気持ちが一体如何なる物かと。 「あまり無理してはいけませんよ」 ひやりと冷たい手が頬に触れた。 欲を言えば、「奴ら」とのやり合いが決着してもこの距離感を維持したい、と思う。 今でこそ無条件に従順だが、共通の敵がいなくなればそれもどうなるか分からない。 となれば「奴ら」はある意味で必要悪なのだろうか。 ―――自分の正義を振り翳す為の…? 「最近は特にお疲れのようですし」 穏やかな声に今はただ癒されたいと思った。 刺々しい怒りでも、攻撃的な叱責でもない、その声に。 「そう見えるかい?」 其れが自分を「泥沼」に引き摺り込んで、二度と這い上がれなくするための罠であったとしても。 だから俺は、まだ愛を囁く事すら出来やしない。
なんでこうどろどろするのかわからない。 冷戦を考えてたらこうなった。 フィクション的には、とってもネタになる。 ただ、決して殺戮を認めてはならないと思うのです。 あくまで、虚構として楽しんでいるだけであって。 個人的に、内面がどろどろで病んでてでも潔癖な19歳を推してます笑