私を殺すことが出来たのは、彼の"視線"だけだ
狂気を宿して、でも決してそれを見せようとしなかった、その瞳だけ
なら、私の瞳に映る貴方は一体何者なのだろう
捩れた痛覚
「日本、大丈夫かい?」
思考に割って入ってきたのは、嫌に明るい青年の声だった。
ここ数年間、嫌というほど聞いてきた声だ。
それは、「敵」であるとか「味方」であるとか、そういった感情を飛び越えた嫌悪だった。
その理由は、最近になって漸くはっきりしたのだけれど。
「ええ、大丈夫ですが…何か?」
白い天井の色も、壁の塗装の色も、真っ白。
カーテンでさえも単調なクリーム色。
清潔さだけが売りの檻の中にでも、閉じ込めておけば大丈夫だとでも言いたいのか。
「いや、少し疲れているようだったから、さ」
人好きのするであろう彼の表情でさえ、煮え返る臓腑を鎮めてはくれなかった。
どうしようもなく苛立った。
似ているようで、決定的に違うその存在そのものに吐き気がした。
「心配なさらなくても大丈夫ですよ」
拒絶までは、しない。
出来ないのだ。
立場の問題も有るが、それだけではない"何か"が引っかかる。
「…本当にそうかい?」
さっきまでは気にもならなかったような眉間の皺が目に付いた。
「そんなに信用できませんか?」
やんわりと釘を刺してみる。
開かない窓辺のカーテンは、やはり全く動きもしない。
「君は…どうにも我慢が過ぎると思うんだ」
それも、そうかもしれない。
今すぐにでも喉を掻き切って命を絶ってしまいたい衝動を、
いや、寧ろこの目を抉り出して、舌を引き抜いてしまいたい程の激情を、
全て、無いものにしているのだから。
「忍耐を美徳とする文化ですからね」
嫌味でもなく、純粋な主張でしかない。
だが、それを彼が曲解することまでは予想の範囲内だ。
「…まだ"目が見えない"んだね、菊」
彼の手が伸びる。
頬を滑る指は、もはや気持ちの悪さを通り越して愉快ですらある。
「さぁ…どうでしょう」
戦場で出会った彼は、もっと自信に溢れていたのに。
自分に疑いを持たずに、純粋な殺意と陳腐な正義感だけをこちらに向けていたくせに。
なのに、何だ。
棄てられた犬のような顔をしても、仕方など無いのに。
「そんなに、見たくないのかい?」
困った、という風な口ぶりと、乾いた声。
「だったら、どうします?」
勝手に触れてくる手を、上から包み込む。
案の定驚いたように目を見開いて、大げさに息を呑んだ。
やはり、子供だ。
悪意を以って"優しく"する人間には今までめぐり合ったことが無いんだろう。
「…その綺麗な目を俺に呉れる?」
瞬間的に覗かせた"狂気"に背筋が冷えた。
それと同時に、ある種の歓喜にも近い感情が沸き起こる。
これだ。
恐らく隠し持っているのであろう暗闇に、脈拍が跳ねる。
内面を硬く閉ざして、決して見せようとしなかったあの人のような。
ああ、よく似ている。
…それもそうだ。
あの人が「育てた」のだから。
くすくすと、思わず笑いが零れる。
この愚かしい男に、さっきまで異常な程に苛立っていた自分にも、笑うしかない。
「なら、あなたが代わりに見てくれるのですか」
私は自分の力では生きていけないのだ。
自分の目で見ることがどれ程空しく痛ましい事か、よく知っているのだから。
それならば、この目ぐらい惜しくない。
代わりに私を"愛して"くれるのなら。
「君を世界から守ってあげるよ…ずっとね」
なんて甘美な呪詛。
相当頭のいかれた会話に、お互い疑念を挟みもしない。
「ああ、それは素敵な条件ですね」
「そうだろう?」
廊下に革靴の音が響く。
どこかで聞いたことのある反響音。
これはもしかすると
「だから、日本―――」
彼は輪郭をなぞるように親指を滑らせると、
「君はその目に俺だけを映せば良いんだ」
そう言って貪る様に唇を奪った。
彼が、この扉を開ければいいのに。
そうして、この様を見ればいい。
自分が捨てた相手の末路を良く見ておけばいいのだ。
その仕打ちが、どれ程の物を歪ませたのかを、知ればいいのだ。
それが、彼に対する私の想いだと。
―――結局、彼が扉を開けられないと知っているから。
メインテーマは日本とイギリス。
だが、米日しか会話してない上に、米日要素のほうが強い。
ていうか、菊さんの頭が大変なことになっている。(そりゃ、もう)
なんか、完全に趣味の領域。回りくどさが売りですか。
追記:いとうかなこを聴きながら書いていた記憶があります。
2011/04/03