「生きる理由が他にない」 いつか彼はそう言っていた。 「私には、秀吉様とその天下さえあれば構わない」 極めて真面目な顔で言うのだ。 まるで「私」を持たぬ男。 一切の愉しみが無い男。 「なら秀吉…様が死んだらどうするんだ」 恐ろしい、という言葉を体現する瞳。 般若。 或いは、地獄の使いをも追い返す勢いで 「豊臣の天下を守るのみだ」 低く、呻いた。 彼に未来はなかった。 現在しか念頭になく、彼の刻は今より向こう側を刻むことはない。 精々が、今やらねばならぬ将来のための仕事に関与する程度の話だ。 希望もなければ理想もなかった。 ただ、清らかに、潔癖に、生きていた。 強いて言うなら、それこそが彼の理想だったのかもしれない。 誰かのために全てを尽くして生きることが、彼の信念にして至高の生き様。 危うかった。 というよりも、それは人の生き方として無理があった。 完全に己を殺してしまうことなど、出来はしないのだ。 ―――少なくとも、普通の人間には。 「三成、お前は特別だ」 機嫌が良かったのか、声を掛けたことに対するいつもの蔑むような睨みはなかった。 「何が」 相変わらず冷たい口調だ。 もうすこし言い様があるだろうに、といつも思いながら治してやれない。 多分、自分の言葉では届かない。 手の打ちようがなかった。 「人は皆、お前ほど無欲には生きられないんだ」 だから、反発される。 欲のない、非の打ち所のない人間から、正論を突きつけられることがどれ程耳に逆らうことか。 正しければ正しいほど、人を苛立たせる。 それが本当は己に対する苛立ちであるにも拘わらず、いつの間にか怒りの矛先がすり替えられているのだ。 「だから、あまりきつく言ってやらないでくれ。お前自身に要らぬ敵を作るぞ」 「それがどうした」 何となく、そう言われるような気はしていた。 「どうした、じゃないだろう。お前が誤解されるのは見ていて心苦しいんだ」 首を傾げ、眉間に皺を寄せた。 「お前に何の不利益がある。私をどう思おうがそいつらの勝手だろう」 生きていくことその物に適さない男なのだと、漠然と思う。 剣を持ち、陣頭指揮をし、忠実な部下として仕事をこなす以外に、することがない。 したいことも、ない。 人と付き合う必要性も感じられない。 彼にとって心の底から必要なものは、彼に天命を授ける太閤と、その軍師だけなのだ。 「不利益は…無いが、胸が痛い」 どう言えば伝えられるのか、分からない。 この男の前では、ありとあらゆる言葉が無力になった。 どれ程言葉を尽くして人と人との繋がりの尊さを説いたところで、無言の刃に両断されるのみだ。 「身勝手な痛みだな」 いつでも、この男の言葉は正鵠を射る。 そして、正しすぎた言葉に勝手に傷ついて逆恨みするのは人間の悪い所だ。 自分も又、ただの人だ。 つくづくそう思う。 大体、信頼関係を築くことすら許してくれないこの男を、どうやって説得しろと言うのだ。 きっと、誰にも救えないものがこの世の中にはあるのだ。 ―――不意にそんな風に考えてしまう自分が、嫌になる。 抑も説得しようという考え自体こちらの身勝手なのだ。 有り難迷惑でないと、誰が断言できる。 「…そうだな。ワシは随分と身勝手だ」 出来ることなら、この聖人君子を真人間に引き摺り下ろしてやろうと、いつでも思っているのだから。 魚一匹住めぬ清らかな水を、濁らせてやろうと必死になっている。 醜い、人間だ。 しかし三成。 どうしてそう生き急ぐんだ。 「今更だ。勝手に私を助けたり、世話を焼こうとしたり…随分と難儀な奴だな」 困ったように、だが微かに笑ったように見えた。

求道の人

「三成のことは、皆一目置いていたんだ」 虚ろな姫は、きっと己の言葉を理解できないだろう。 それでも語りたかった。 自分が決して触れられなかった 最後まで無垢だったあの男の事を
お市クリア記念。 権現の扱いが毎度毎度酷すぎると思う今日この頃。 色々な概念が捏造される。まぁ時代考証を諦めたので。笑 精々カタカナを使わないことぐらいが暗黙のルール。 2010/08/28