遠い陽炎気の狂いそうになるほど眩しい日差しに、この身を焼かれる。 鎧甲の類は、そうでなくとも熱が籠もるのに。 「刑部。お前ならここを何日で落とす」 だらだらと際限なく流れる汗が時折目に入って苛立つ。 殆どぬるま湯のような汗をかき続ける。 手甲を外した右手で額を拭った。 「そうよの。まぁ二日あれば万全であろ」 彼もまた汗をかくだろう。 繃帯に吸われて傍目には気付かないのだが。 また今宵にでも巻き直してやろう。 「二日か…なら一日で落としきる。本来ならこんな暑い場所、直ぐにでも放り出したいぐらいだがな」 ぽたりと卓の上に滴が落ちる。 「おうおう、強気よのう。まぁぬしの腕に関しては心配しておらぬがな」 目が笑う。 童を見るような目で、私を笑う。 「お前も早く帰りたいだろう。こう暑くては躯に障りそうだ」 何事かに驚いたのか、彼は息を詰まらせた。 「大丈夫か」 「…いや三成。ぬしはほんに物好きよの」 何を指してそう言ったのかはよくわからなかったが、貶されているわけではなさそうだ。 今にも声を出して笑い出すのではないかと言うぐらい愉快げな顔をしているのだから。 「―――こんな城、半兵衛様が居られたら、恐らく半日もあれば十分だっただろうに」 再度額を拭う。 軍師として、参謀として、心の底から尊敬していた。 あんな風に柔らかみのある人間に生まれついていたらどれ程良かったかと、いつも思っていた。 私はああはなれない。 然りとて力でねじ伏せることも出来ない。 小賢しく、背後から刃を突き立てることしか、出来ない。 「…そう思うなら、ぬしにも半日で落とせような」 黒い瞳が語る。 言葉にした以上のことを、雄弁に。 「そう思うか」 ぱたりと、拭い損ねた滴が落ちた。 「ぬしはそういう男よ」 自分以上に石田三成という人間を知る者が言うのだ。 それならば、私は期待通り半日で落として見せよう。 「…そうか」 そうやって、生きてきたのだから。 陣の周りを人が行き来する気配がした。 「言伝を賜ってきました」 幕の外から声がする。 「なんだ」 問いかけると、 「徳川殿から石田殿に。東は押さえたので今からそちらに切り返す、とのこと」 聞きたくもない名前だ。 急に気温が下がったような気がした。 「余計な手出しはするな、と伝えておけ」 冷静に、冷静に。 自分に言い聞かせながら口にする。 「…御意」 足早に駆けていく音。 「くっくく…そうこわい顔をするな三成」 遂に声に出して笑った。 「恐い顔などしておらん」 ならば是非にも水辺でその顔を見てみよ、と尚も笑う。 「刑部…」 だが、是が非でも半日で落とさねばならぬ理由が出来た。 ある意味、渡りに船だったとも言える。 「はん、折角だ。家康めに無駄足踏ませてやる」 一切手出しなどさせるものか。 到着するより前に全て終わらせてやる。 「ほんにぬしは愉快な男よ」 呵々大笑。 「お、お前ほどではない」 あまりの笑いぶりに思わず眉根を寄せた。 「いやなに」 好いた相手にわざわざ食って掛かる童のように見えてな。 相変わらず、日差しは目が眩むほど眩しい。 流れる汗を拭うことも忘れて暫く絶句するより他、私に出来ることなどなかった。
刑部はいつから刑部だったのかよくわからなくなった
2010/08/17 |