海と夜
海の音、と言う物に未だ慣れない。
寄せては返す波の音、潮のぶつかる音。
不安定な船上で、木の軋むような音。
海辺の風の音。
海から離れた陸の上で生活していた為に、何もかもが、耳に馴染まない。
第一、潮風は目に浸みて良くない。
日の出も随分と眩しい。
「アンタは文句ばっかりだな」
笑われた。
不愉快だ。
何かを言い返そうとして、止めた。
今の自分はこの男にわざわざ生かされている身なのだ。
機嫌を損ねるようなことを言うのは理に反する。
「…陸が恋しいのかい」
見透かされた気がした。
「さて、どうだろうな。…これが一体何に対する郷愁なのか、もう私には分からない」
甲板の端に座り込み、夜空を眺めた。
望月より、幾分か欠けた月。
生きている。
私だけは、生かされている。
何が足りないのか。
もう、
思い出せない。
「昔を懐かしむのは悪いことじゃねぇさ」
かつて誰かにされたように、髪をくしゃりと撫でられた。
その手の温度も、強さも、全く違うはずなのに
思い出したのは褪せた、しかし幸せであった過去だ。
瞼をおろすと、波の音が流れ込んだ。
一定の間隔で、船を伝う。
「全てを洗い流すには、ここの海は静かすぎる」
或いは、波間に沈めるには軽すぎる記憶、なのか。
「はは、違いねぇ」
そう言って男は屈み、
「まぁ、アンタが船に慣れるまで、荒海に放りだすような真似はしないさ」
それが何を指しているのか何となく感じ取りながら、字面だけを信じることにした。
船はまた静かに揺られる。
「そろそろ寝な。もう何刻かすれば、朝日が眩しくて嫌でも目が醒めちまうだろうからな」
兄貴にはとっても夢を見ている。
緑ルートが色んな意味で 凄すぎた…
2010/09/03