目の無い私奥底で、冷たく澄んだ水が染み出している。 静かな水面、反響するのは誰の声か。 小さな波紋が広がる。 此処は何処だろう。 / 槍の稽古をしていると、いつの間にやら彼が側で見ていた。 「ああ、すみません。何かご用でしたか?」 問いかけると軽く首を振り、 「いや、いつもながら鮮やかな槍捌きだと思ってな」 ただ見惚れていたのだと言う。 彼の真っ直ぐな称賛がこそばゆい。 それだけ気を許されているのだと思うと尚のことくすぐったく思えた。 「いえ、とても三成殿には及びませんよ」 言えば彼は静かに苦笑し、 「俺は口ばかりなのだよ」 と呟いた。 誰にでもこうして素直に話せていたなら、決して余計な敵など作らずに済んだだろうに。 彼と親しい人間は、誰でもそう思うだろう。 本人に言えば「それは性分だから仕方ない」と返されるのは目に見えているのだが。 そういうところも含めて放っておけない相手だと、そう思っている。 「そんなことは有りませんよ」 言わば盲目的に、彼を肯定する。 彼の軍師がそうであるように。 彼の朋友がそうであるように。 窘めるよりも、愛してしまうのだ。 結局の所、そうやって誰もが甘やかすから彼の敵は増える一方なのである。 「…さて、どうだろうな」 ただ彼を目の前にすると断固として言うべし、という気概も折れてしまう。 それだけ彼は魅力的であった。 そうして、それは非常に毒気の強い魅力なのである。 その毒気に溺れてみてやっと、その内面の澄んだ美しさを知る。 ―――池の中で何かが跳ねた。 / 触ると冷たい気もしたが、余りはっきりと解らない。 解らないのに、冷たい水だと知っている。 そして、この中には、魚が泳いでいる。 その魚に目が無いことも、よく知っている。 これは、自分の一部分だ。 心の奥底なのだ。 再び水面が揺れる。 そしてどこからか来た風に靡く紅い花を見付けた。 / 「目覚めはどうだ」 いきなり声を掛けられて思わず飛び起きた。 「そんなところで寝ていては寒かろう」 声の主は仕方ないな、とばかりに口元に笑みを作っている。 辺りを見渡して、まだ陽は落ちていないことを確認した。 「…これは失礼しました」 随分と間抜けな物だ。 疲れていたとは言え、この至近距離で声を掛けられるまで目を覚まさなかった。 刀どころか、懐刀でも危ない間合いだ。 気付かなかった方が異常だと言っても良い。 「謝れと言った覚えは無いぞ。…茶でも飲むか?」 彼の方は全く気にした様子は無い。 やはり、この人には敵わないな、と思う。 「有り難く頂戴いたします」 返事に満足したのか、彼は相好を崩した。 この平穏がずっと続けば良いのだが、と密かに思う。 何の争いも起きなければいい。 そうすれば、こうして他愛もない日常を重ねて行ける。 …そう思ってしまうこと自体が、何らかの破滅の臭いを感じ取っている証拠なのだが。 風が吹く。 視界の端に、紅い花が映った。
目の無い私をBGMに。とても綺麗な良い曲ですよ。
まぁ、捻りのないお話ですね。 そして何だか薄暗く感じるのは気のせいだと思いたい…な。 2010/01/08 |