あさきゆめみし

「幸村」

彼はとても穏やかな声で私の名前を呼んだ。



彼はとても清い人だった。
心根の真っ直ぐな、正義感の強い人であった。
其れで居て、どこか子供のように純粋だった。

いや、それだから、と言うべきか。

人間的な汚れを持たず、そのくせ誰よりも人間的欠陥を持っていた。
彼のともすれば厭世的な口ぶりも、本当は誰よりも世界に期待しているが故の事だと知っている。
期待するから、絶望するのだ。

彼自身は認めたがらないが、本当は、計算高くも何ともない。
ただ純粋に、清い水のような人だったのだ。

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一度、武士としての自分は死んだ。
そのくせ、何故か自分は生き残ってしまった。

だから、二度目は友の為に生きようと決めた。
真っ直ぐで、先鋭で、だからこそ脆い友の為の槍になろうと。


「…幸村」

心を許した相手には、どこか緩んだ顔を見せる。
本人は隙がない積もりなのだろうが、こちらから見れば隙の塊のようなものである。
童心が抜けない、と言えば良いのだろうか。

彼は「他人」だと判断した相手にはとことん突っかかっていく。
もしかすると、彼に自覚は無いのかも知れない。
自分の感情に少しばかり彼は正直すぎた。

それが私には、或いは身内にはとても潔く見えた。
ただ、反目する者にしてみれば、不愉快極まりなかったのかも知れない。

彼の愛すべき部分は、彼の最大の欠点でもあった。
だからこそ、私は彼の友であり槍であろうとした。

今の私にとってはそれだけが、私である理由だったのである。

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「三成殿」

自分はよく人を呼ぶ癖に、いざ自分が呼ばれると何だか気恥ずかしそうにする。

「なんだ」

癖なのか、返事と共に小首を傾げる。
大の大人がするような所作では無かろうと思うのだが、それが妙に似合いだった。

彼の家臣曰く、心が童のまま頭ばかりが働くからややこしいのだそうだ。
曰く、大人げない。

その大人げない所を、心の底から愛しているのだけれど。


彼の期待の眼差し。
才気に溢れた容貌。
自分を褒める無邪気な声。
何もかも、愛おしくて堪らなかった。


だからこそ、彼を苦しめる物全てが許せなかった。

本当に彼の側に居てやるべきは自分達では無い事も何となく解っていた。
友よりももっと近しい人間を、彼は欲していたのだ。
彼は絶対に認めなかったが。

/

「幸村…くれぐれも無理はするなよ」

それはこちらの台詞だったのだ。

「三成殿…」

言うべき言葉は、彼の透明な眼差しに溶かされてしまった。
いつまでも見つめていられたらどれ程幸せだっただろうか。
このまま何もかも棄てられたらどれ程良かったか。

それでも彼は自らの信ずる所を譲れず、自分も又同じであった。

「ご武運を」

今となっては随分と素っ気ない別れになった事を、今更悔やんでいる。



とは言え、もうすぐ彼の居る所に行けるだろう。
そうしたら、もっときちんと彼に全てを打ち明けよう。
そして、自らの槍が最後まで彼の為に振るわれたのだと教えてやろう。


優しい彼が世界の全てに絶望しないように。

幸三、大好き。爽やか且つ切ない組み合わせだと思います。
でも何故か私が書くと病んで見える…。
2010/01/04