not white, not sweet※まさかの現パロですよ先生。 「馬鹿馬鹿しいことこの上ないな」 隣を歩く男は大層忌々しげにぼやく。 何が、という主語は省かれていたが、その険呑な目つきから何となく想像は付く。 「仕方ないだろ、どこの業界も商売に忙しいんだ」 今日は三月も半ばだというのに、随分と肌寒い。 マフラーで口元を完全防備した三成は、目ばかりが鋭く目立つ。 いつも大概シャープな目つきだとは思っていたが、今は当社比50%増し。 …はっきり言って、進んで一緒に歩きたいとは言い難い代物である。 「大体なんだ。ホワイトデーとか銘打っておきながらどの辺が白いんだかさっぱり分からん」 その若さで妙に年寄りじみた発言をかますな。 というかだな、お前は一体何歳なんだ。 「ヴァレンタインにはチョコレート、お返しはホワイトチョコを贈れよって暗示だろうな」 一応自分の考えを述べると、 「…あれは人の食う物ではない」 と見るからに不愉快そうな顔をした。 「良いじゃないか、そういう戦略だ。…大体、お前はホワイトチョコなんて貰うはずがないだろうが」 百歩譲ってあげることがあったとしても、十中八九貰いはしない。 そのようなシステムになっているのだ。 「大体、やれヴァレンタインだ何だと騒ぎすぎなんだ。司祭の命日だろうが。安らかに眠らせてやれば良い物を」 何だ、意外にきちんと知っているじゃないか。 「お祭り事は多い方が楽しいだろ?」 「そんなことは無い」 …全力で否定された。 「ああ、そうかい」 でもまぁ確かに、街中は"それらしい"人で溢れかえっていた。 あからさまに手を繋ぐカップル。 初々しくお返しを差し出す学生っぽい二人。 数えだしたらきりがない。 何となく街全体が浮き足立ったような空気である。 恐らく三成の不機嫌はそのあたりから来ている。 人が騒いでいたり舞い上がっていたりするのを見るのを、この男は心の底から嫌っている。 『この阿呆共が…』 と舌打ちしかねない勢いで言うのである。 口に出さなくても良い事まで言ってしまうので、非常に回りからの評価は辛い。 或る意味大変正直なのだから欠点でもあり美点でもある、とは思うのだが。 まぁ世渡りに向かない男であることは確かである。 特に、同期の人間と、あまり立場に差が無い上司などからの嫌われぶりと言ったらもう目も当てられなかった。 …ので、仕方がないから三成共々会社を辞め、起業し、今に至る。 社員は俺と三成の二人だけなので、定休日なんて存在しない。 日曜だというのに、しかもこんなお祭り気分の日だというのに男二人で歩き回っている理由は、仕事中であるからに他ならない。 ああ、しかし、今日ばかりは本当に休みにしておけば良かったと後悔した。 ヴァレンタインは予想済みだったので自宅謹慎を言い渡しておいたが、一月後のイベントなんてすっかり頭になかった。 え?なんだ。 チョコレート? …そんな物くれるのは母親代わりのおねね様ぐらいだ。 本命に関しては、残念ながら、全く期待できない性格の相手なのだ。 まぁ性格云々以外にも様々な問題はあるが、それはこの際置いておこう。 駄目だ、考えてたら虚しくなってきた…。 「大体、腹が立つのだよ。さっきから何度指を差されたことか」 不意に気になる単語が耳に入ってきた。 「指を差される?誰に」 どうやら俺が思いつく以外にもなにか明確に"不愉快の素"があったらしい。 「周りの連中に決まっているだろう。男二人だからって馬鹿にしやがって。こっちは仕事でここに居るんだこの遊び人共が」 フルスロットルで文句を言う三成。 が、マフラーに阻まれて少し不明瞭である。 「そうなのか?」 まぁ言われてみれば、確かにちらちらと視線を感じるな、とは思っていた。 が、まさか指差すなんて露骨な事をされていたとは思わなかった。 気になって辺りに注意を向けると、確かにそういうことらしい。 「別に今日はアベック共にしか通行権がない訳でも有るまい」 だから、一々言葉が古い。 今日びアベックなんて使うのか… 「そんなことは無い。断じてないと思うぞ」 とは言いつつ、俺は勝手に、好きな相手と出歩けてラッキーぐらいには勘違いしているんだがな。 熟々イベント事に疎い奴で助かった。 「ああ、忌々しい…」 信号待ちで立ち止まった途端に、何だか不穏な言葉が聞こえ始めた。 『…ほら、あの子。あのセミロングの子。超可愛くね?』 『あー、分かる。いーなー。ていうか彼氏マジでイケメンじゃん』 『あたしもあんな彼氏ほしー』 ちらりと横目に見ると、少し離れた場所に、見るからに女子高生です、という二人組が居た。 周りをちらちらと確認するが、セミロングの可愛い彼女連れを発見することは出来なかった。 セミロングという長さを勘違いしているんだろうか。 それとも。 何だか非常に想像したくないが、とても高い確率で起こりうる事態を想定して頬が引きつった。 『あんたじゃ釣り合わないからー。ていうかマフラーおそろなのにちょっと距離空けてるのがオトナって感じだよね』 『そーゆーのちょっと憧れるよね−。まぁ先ずは彼氏作れって話?ははは』 … ……… ………………済まん三成。 十中八九俺のせいだったらしい。 別に何か貰った訳でもないのに、いそいそと百貨店で購入したマフラーをわざわざ今日渡して、 『寒いから巻いていけ』 とか言って返事も聞かずに使わせ、挙げ句自分も一緒に買ったマフラーをそれとなく付けて歩いてたんだ。 そりゃあ、後ろ指の一つや二つ、寧ろ当然の結果だ。 でもいや、まさかそんな風に他人に気にされるとは思ってなかったんだ。 もっとこう、他人はシビアに無関心に自分の恋に集中してくれていると思ってたんだよ。 信号が青に変わる。 「…どうした?」 歩き出そうとしない俺を不審げに見ている。 「………いや、その」 はっきりと言えない俺に尚も追求の眼差しを向けてくる。 「…馬鹿が、さっさと渡るぞ」 ―――そう言って、あろう事か俺の腕を掴んで早足で歩き出した。 『わー腕組んだよ』 『見せつけられてるけど不思議と腹が立たないのは何でなんだろう…』 別の声が聞こえる。 …腕なんて、組んでないさ。 これはあくまでも強引に、力尽くで、引っ張られているだけであってだな。 「…何をにやにやしているんだ清正」 渡り終えても腕を放さないこととか、何だか妙に紅い顔だとか突っ込みたいところはいっぱいあるんだが、 先ずはだな、 「…今日は早めに仕事切り上げて、久々に夕飯食べに行くか」 異論は、聞かないんだがな。
心底馬鹿馬鹿しいことこの上ないですね。という気持ちを冒頭の台詞に込めました笑
しかもバレンタインスルーした癖にホワイトデーの方だけ書くのかよってね。 前からほぼ一月空いちゃいました。反省。 2010/03/14 |