白梅/朧月夜


所々に、淡い緑色の草が見え始めた。
未だに少し雪の降る日もあるが、さほど積もらなくなった。
そろそろ、朝の寒さも緩んでくるだろう。

筆を置いて、小さく伸びをした。

「ああ、そうだ」

障子を開けて、庭を見渡す。

「…もうそんな季節なのだな」

感慨深く呟いた。

自室の前の庭に白梅を植えてある。
毎年この時期になると少しずつ咲き始めるのだ。
白く小振りな花が上品で、とても気に入っている。

「今年も咲いたな」

振り返ると、書簡を届けに来た清正が立っていた。
少し屈んで、庭の白梅を眺めている。

「あいつらは人と違って妙な気紛れなど起こさんからな」

温んでくれば、咲く。
誰かに強制されている訳でも無く、ただ淡々と己の義務を果たす。
その潔さが好きなのだ。

「梅の方が好きだなんて、つくづくひねくれ者だな」

そう言えば前にそう言ったかも知れない。

「そうか?」

梅は往々にして、桜と比べて華がない、と言われる。
あまねく人々が愛するのは桜だ、と言われるのもおそらくはそのせいだ。
だが、俺にしてみれば白い花も紅い花も、十分華やかだと思う。

「ああ、ひねくれ者だ。桜の下で花見なんかするほうが楽しいだろ」

桜には宴がつき物である。
それが面倒で仕方がないというのも、桜を殊更愛せない理由かも知れない。
俺には少し賑やかすぎるように思えるのだ。

「俺は、煩いのは好かないのだよ」

どちらかと言えば、一人で静かに梅を眺める方が好きだ。
それに、梅の咲く頃の方が風が冷たくて頭がすっきりする。
どうにも、春の霞がかったような空気は好きになれないのだ。

「俺は、春が好きなんだ。日差しがとても暖かいだろう?」

そう言って笑う様は酷く幼く見えた。
また、そんな風に笑える男を少し羨ましくも思った。

「それでも俺は、梅の方が好きだ」

そう言えば白い梅は、頑なで素っ気ない自分の為の花であるかのように思われた。

/

春の月はどこかぼんやりとして見える。
晴れている筈なのに、何故かはっきりと輪郭が見えない。
水の多い墨汁のような滲み方だ。

だが、俺はこの朧月を好ましく思っている。
このいかにもぼんやりとした明るさが、暖かくなった空気に相応しい。

そういえば、昔見た一面の黄色い花と朧月夜はあまりにも幻想的だった。
宵闇にぼんやりと浮かび上がる月、鮮やかな黄色。
子供ながらに、感動を覚えたものである。

この時期の月を見ると必ず、あの景色を思い出す。

「やはり、月は秋の方が良いな」

廊下からよく知った声が聞こえた。
声のする方を見ると、薄明かりに照らされた三成が立っていた。
何か用事があったのか、着物は昼のままだ。

「そうか?」

断定的な口調が彼らしくてつい笑いそうになる。

「というより、春の月はどうもぼんやりとして好かん」

正に対極の発想だ。
同じように薄ぼんやりとした月を見ながら、方やそれを愛で、方やそれを嫌う。

「おまえははっきりさせすぎだがな」

こちらを見て、何がおかしい、と眉を顰める。
どうやら気付かないうちに顔が笑っていたようだ。

だってそうだろう、見た目通りにも程があるじゃないか。

「人間ってのは曖昧な方が優しく感じるものなんだ」

そう言うと、

「…何の話だ」

むっとしたように聞いてきた。

これ以上機嫌を損ねるのは得策ではない。
そう思って、それ以上は言わなかった。

恐らく、察しの良い彼の事だ、何を言わんとしたかは十分伝わっているだろう。

立ち上がって廊下に出る。
何だ、と首を傾げる三成。
一拍おいてから、

「まあ、はっきりしているのも、それはそれで良い物だがな」

と、言ってやった。


「……………馬鹿が」

ふい、と背けた三成の表情を、月はやはり薄ぼんやりと照らし出していた。



梅の時期と朧月夜は、ちょっと離れてますよね。一括りにしない方がよかったかな…。
ちょっと私の中の春をイメージしてみました。笑
2010/02/22