厄介な患い

非常に深刻な問題が有る。
などと言うのはそれこそ表現過剰にも程が有る。
が、戦などとは全く毛色の違う深刻さが確かに存在する。
本人の意識の上では、それはもう重大な難問なのだ。

こればかりは人に頼める問題でもなかった。
或いはつける薬も無い。

尤も人によっては一番楽しい代物なのかも知れない。
現に周りの人間を見てみても、浮かれているような輩が多い。

だがしかし。

我が事として考えた時に、此ほど理不尽な事はあるまい。
大した理由も思い出せない。
それなのに、何もかも手に付かない程気を取られてしまう。


目が、勝手に追いかけている。
前から何となく危なっかしい奴だとは思っていた。
だがこんなにも四六時中見ていた覚えは無い。

耳が、勝手に声を拾う。
別の相手と話をしていたはずなのに、声が聞こえるとどうもそちらに注意を取られる。
本題が耳に入らなくて困る。
が、笑い声が聞こえると本当に不可抗力的にそちらを向いてしまう。

口が、勝手に呼び止める。
特に用事が無かったはずなのに、気が付いたら名前を呼んでいる。
剰え、早く寝ろだの、身体を冷やすなだの、要らぬお節介を口にしてしまう。
ついつい、という奴なのだ。


此を理不尽と言わずに何と言えば良いのか解らない。
まるで自分があの男に独占されているようなものである。

何と不愉快なことか!

しかもうっかり口を滑らそう物なら、確実に笑い物である。
あんなにも人から嫌われている人間がどうして気になるのか、という話だ。
こんなにも不快な思いをさせられているのに、愚痴を言うことさえ許されない。
それが尚のこと自分を苛立たせるのである。


と、これがつい先日までの状態だ。
そうして今はもっと不味い事になった。


二人きりで、夜回りを当てられてしまったのだ。
気まずいことこの上ない。
それも気まずいのはこちらだけで、向こうは涼しい顔をしているのだ。
其れがより一層腹立たしい。


「眠かったら俺一人でも良いのだぞ?」

こちらが半目で睨むのを、眠くて目が開かないのだと思ったらしい。
馬鹿にしやがって。

「違う、ちょっと機嫌が悪いだけだ」

そう言うと、ふん、と鼻を鳴らして

「それなら尚のこと早く休むと良い」

と完全にこちらを見下したような言い方をした。
とてもむしゃくしゃとする。
本当に、不愉快極まりない。

「お前こそ眠いなら早く寝ればいいだろう」

そう言えば、

「仰せつけられたことを終えたらな」

と返された。

冷静にならなくては。
こんな風に頭に血が上っていては上手くない。
いつも人にはそう言えるのに。

「無駄口はいい」

早く回って、迅速にこの状況を脱しなくてはいけない。
先を急ごうと、一人で歩き出す。

背後から、くくく、と押し殺したような笑い声が聞こえた。
振り返ると、あろうことかあの男が俯いて笑っているのである。

「どういうつもりだ」

聞けば馬鹿を見ると、聞いてしまってから気が付いた。

「いや…随分と」

可愛いところもある物だな。

…後のことは、もう全くと言って良いほど覚えていない。
それはもう、地獄のような時間であったことだろうが。



以来、何かある度にその言い様を思い出しては頭が痛くなった。
何が一番痛いかって、

彼の笑みに不覚にもときめいた自分を殴りつけてやりたくなるのである。



気持ち少し若い。ていうか幼い。
中学生みたいに青い清正が見たかったんです笑
何でときめいたの俺、って壁に頭をぶつけてそうな、そんなイメージ。
2010/01/11