なんてことない朝

何とも言えぬくすぐったさに目を覚ました。
覚ました、と言っても完全に頭が覚醒している訳では無い。
ぼんやりと朝の光を感じられるような、その程度の醒め方である。

相変わらず、至る所が何だか妙にくすぐったい。

「…う…ん」

肩口、額、頬…
だんだんと意識ははっきりしてくる。
そして、漸く我が身に何が起こっているかを把握しつつあった。

「起こしたか?」

酷く優しい声。
お陰で、一気に眠りから覚めてしまった。

「き…清正!」

我ながら酷い掠れ声だ。

何故この男が自分の部屋に居るのだ、とか。
何故そんなに機嫌がよさそうなのだ、とか。
さっきのくすぐったさの原因は何だ、とか。

聞きたいことはすぐに思いついたのだが、全く口から出ていかない。
何とも言えなかったのには一応理由がある。

余りにも穏やかにこちらを見つめているから、邪魔しがたいのだ。
それだけなら声を掛けても大丈夫そうだったのだが、生憎理由はもう一つある。

はっきりと断定するのは避けたいのだが、どうにも色めいて見えるのである。
自分がどちらかと言えば淡泊な方なので詳しくは想像も付かぬ。
だが、恐らく夜伽でもさせたのでは無かろうか、と言った風情なのだ。

「やっと起きたと思ったら…なんだ、まだ寝惚けてるのか?」

口調が妙に甘く聞こえる。
余計な先入観を持って聞くからそう聞こえるだけなのだろうか。

「お前、なんで」

続きが言えない。
何から聞くべきなのか解らないのだ。

機嫌の悪い相手ならどれだけ機嫌を損ねようと構わないと開き直れる。
だがこれだけ機嫌の良い相手には、かえってどうした物か困ってしまう。

「眠いならまだ寝てろ。人が来るまでには起こしてやるから」

こちらが何も言わないのを眠気の為だと解釈したらしい。
ぽんぽん、と童をあやすように軽く頭を撫でる。
普段は偉そうだと思うこの言い方も、口調次第で全く印象が変わってしまうらしい。

「…いつもとどこか違う気がするのだが」

独り言のつもりでいった言葉に、彼は目を丸くした。

「そりゃ…まぁ、それはそうかも知れないな」

そして、今度は目を細めて苦笑混じりに言う。
どうにも要領を得ない返事だ。

「どういう事だ?」

本当に何が言いたいのかさっぱり解らない。

「今日は何だか、お前が可愛くて仕方ないからな」

骨が軋みそうな程強く抱きしめられた。
要領を得るも何も、どうすればいいか解らないほどこの男を好いている自分に驚くしかなかった。


/


朝日が眩しくて目が覚めた。
隣を窺うと、まだすやすやと寝息を立てている。
寝ている時はあのきつい眼が見えない分、大層幼く見える。
自分より年上にはとても見えやしない。

日頃よりも幾らか血色の良い肌に触れた。
人差し指で頬をつつくと、少し睫毛が揺れる。
それでも一向に起きる気配はない。

余程疲れているのだろうか。
そう思ったのだが、ここで何もせずに居てやる程自分は大人ではない。

鼻、瞼…
起きるまで至る所を啄む。

するとなんだか寝言のような声が聞こえた。

「起こしたか?」

問えば、驚いたように、

「き…清正!」

と叫んだ。
とは言え、声がやや掠れていたのであまり大きな声は出なかったのだが。

馴染んだ声が少し艶っぽく聞こえたのは気のせいだと思いたい。
顔が緩まないように精一杯気をつける。

だが目を覚ましたのかと思いきや、それからは目を白黒させるばかりだ。
まだ寝惚けているのだろう。
困ったように口を噤んでいる。

「やっと起きたと思ったら、なんだ…まだ寝惚けてるのか?」

いつもよりずっと覚束ない所作に、思わず口角が上がる。

「お前、なんで」

やや鼻に掛かったような甘い声だ。
目が少し細められると睫毛が瞳に影を作った。

彼はぼんやりとこちらを見つめたまま続きを言わない。
やはりまだ頭が働かないのだろう。

日頃の刺々しい言動は、頭が働きすぎるが故の事。
こうして寝起き早々の彼を見ると、隙が多くて随分愛嬌がある。
当然口に出せば怒るだろうから、黙っておくのだが。

「眠いならまだ寝てろ。人が来るまでには起こしてやるから」

ぽんぽん、と彼の頭を撫でる。
柔らかい髪の感触が好ましい。

…普段からこうしていれば良いのに。

もうあと半刻もしたら誰かが彼を起こしに人来るだろう。
流石にこの状態を人に見られては差し支えがあるだろうから、それまでには此処を出る。
その時にでも起こしてやればいいだろう。

「…いつもとどこか違う気がするのだが」

ぼそりと呟かれた言葉に驚いた。
そんなに露骨に態度が違ったのだろうか。
それとも何かまた別のことを言っているのだろうか。

「そりゃ…まぁ、それはそうかも知れないな」

指摘されて初めて、自分の行動をおかしく思った。
確かに、随分と自分らしからぬ事をした。
だが、それに関してはお互い様なのである。

「どういう事だ?」

そんな風に毒気のない口調だから、こちらもつい気が緩んでしまう。
不思議そうな顔でこちらを見遣る男がこんなにも愛しいとは思わなかった。

「今日は何だか、お前が可愛くて仕方ないからな」

そう言って強く抱きしめる。
今ぐらいは大人しくしていてくれるだろうか、と期待しながら。
これが所謂朝チュンって奴ですね、先生。殿は記憶に御座いません状態。笑
2010/01/06