正月悲喜交々

「馬鹿が…」

あまりに馬鹿馬鹿しくてつい溜息を吐いた。
良く言えば無邪気なんだろうが、端的に言えば「馬鹿」以外の何物でもない。
というか、あれは馬鹿としか言いようがない。

大殿への挨拶も終わり一気に緊張が解けたのか、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。
更に良くないのは、大殿まで参加していることである。
いつもは止めに入るはずのおねね様は、「仕方のない人だねぇ」と笑って側に居る。

全く、どうしようもない。


酒が入ると、人は本性を現すらしい。
本性というのが如何なる物を指すのかは知らない。
だが、自分が思うとおりの「本性」であれば、決して人に晒して良い物では無かろう。

だから、余り酒は嗜まない。
勧められても、余程のことがない限り飲まない。
下戸だ、というのもまた理由の一つなのだが。


酒を飲まないから酒を飲んで騒ぐ連中の気が知れない。
向こうが楽しかろうが、こちらは全く以て楽しくも何ともないのだ。
見ている限りに於いては、積極的に醜態を晒しているとしか思えない。
愚行にも程がある。


「おい馬鹿、そんなところで何やってんだ」

いきなり後ろから声を掛けられてぎょっとした。

「…お前、向こうにいたんじゃないのか」

こちらが座っているが為に、思いっきり見上げなくてはならない。
…不愉快だ。

「さっきまで、な」

酒が回ってきたから酔いを覚ましに出てきたんだ、と言う。

「酔うために飲んでるんじゃないのか?」

解せない。

「楽しむために飲んでるんだ。酔いは仕方なく付いてくる」

庭の雪を眺める。
かなり厚みの有りそうな積もり方だ。

「…外に出れば、すぐ醒めるだろうに」

廊下を挟んですぐそこだ。
本当は此処でも十分醒めそうだが、同じ所に居たくない。
最近どうにも、こいつと居ると勘が狂うのだ。

「此処でも十分だろ」

近くにいれば文句しか言わない癖に、何故かいつも側に居ようとする。
こちらがそれとなく距離を開けても無駄。
逆にこちらから近くに行けば避けるかと思ったがそうでもなかった。

「そうか?」

吐いた息は白かった。

「だってお前、随分と冷えてるんじゃないか?」

骨張った手の甲が無遠慮に頬に触れる。

「熱っ」

酔っているという宣言通り、その手は焼けるように熱い。

「…冷たくて気持ちいいな」

今度は両頬に掌が宛がわれる。
直接触れた頬の熱さよりも何よりも、

「…っ…ばか、か、お前は」

そんな風に触れられること自体が妙に気恥ずかしくて敵わない。

「三成」

挙げ句、機嫌良さげに名前を呼ぶなど、あり得ない。
細められた双眸は、しっかりとこちらを射貫く。
目を逸らしてしまいたいが、逸らしたら負けな気がして出来ない。
だがこのままでは、どのみち根負けする。

酔っぱらいめ、と思わず舌打ちしそうになった。


/

「ばかもの、おおばか…もの」

部屋の主は完全に出来上がっていた。

「…お前、酒は嫌いなんじゃなかったのか」

昼間の宴席に彼の姿はなかった。
とは言え、近くでぼんやりとこちらを見ていたのは知っているのだが。
酒を飲まない自分が居ては迷惑だとか何だとか考えて、部屋の隅にいたのだろう。
何とも妙な気の使い方をする。

「酒がきらいなんじゃない、酔うのが…いやなのだ」

文机に突っ伏している。
もう見るからに酔っている。

「その割にお前、完全に酔っぱらいだぞ」

「うるはい」

呂律も少し怪しいようだ。


皆ある程度酔いが醒めてきたのか、銘々の部屋に帰っていった。
自分も帰ろうとしたところ、おねね様に呼び止められた。

「夕方ぐらいから三成の姿が見えなくてねぇ、ちょっと見てきてあげてくれない?」

心配そうに言う。

「あいつのことですから、大方騒がしいのを嫌って自室に閉じこもっただけでしょう」

そう返事をしたのだが、万が一があっては困るから、と念押しされてしまった。
おねね様にそこまで頼まれたら断る理由は無い。


それで言いつけ通り部屋を見に来たら、この様だ。

「どうせ飲むなら、皆と一緒に飲めばいいのに」

宴には出ずに敢えて一人酒、というのも何だかひねくれ者らしい。

「単に、ひとまえで酔いたくないだけなのだよ」

余りにも予想通りの理由で、面白みがない。
いっそ酔うと脱ぎ癖がある、とかそう言った過激な理由が有れば面白いのに。

「…みたいのか」

返事があってはおかしい状況だ。
見ると、にやにやと人の悪い笑みを浮かべている。

「…口に出てたか」

口が滑る、というのはこういう事なのか。

「ああ、すっかりな」

ふん、と鼻で笑い、

「俺が脱いでおもしろい奴なんて、そうそういまいよ」

彼にしてはやや自虐的な事を言う。

「いや、日頃の言動からの乖離が面白いんだ」


酒は人の本質を見せる。
普段上辺を覆っている物が取り払われた姿が、見られる。
別にだからといって服を脱げ、という訳では無いが。

何れにせよ、素の部分が見えるのだ。
だからこそ、常の姿との変化が面白い。
何を隠して生きているのかを暴いてしまうのが、酔いと言う物だ。


「大体、俺のからだぐらい、いつでもみられるだろうに」

くく、と妙にいやらしい笑い方をする。
いやらしい、と思う方が余程いやらしいのだろうか。
そんなはずは無い。
日頃は絶対にそんなこと思わない。

「その言い方は問題だ」

何がどう問題なのか自分でもよく分からないが、問題だ。

「どこが?ことばどおり…だろう」

駄目だ、こいつは本当に人前で酒を飲むべきではない。
離れていてくれて正解だった。

「お前…少し酔いを覚ました方が良いんじゃないか?」

どうにもこれは心配だ。
すると、どこか妖艶な笑みを浮かべ

「お前がさませ、きよまさ」

と崩れるように身体を預けられた。
薄い着物越しに火傷しそうな高温が伝わる。

この酔っぱらいが、と嘆く。
年明け早々狐に化かされるとは思わなかった。

とはいえ、明日になればすっかり忘れているのだろうから、そこはそれ、大人しく化かされておくのだが。

時系列が、わからない笑
個人的イメージ:殿→酔うと大変エロい/清正→酔うと超かわいい/正則→脱ぐ(笑)
2010/01/03